第3話 トロイメライ
湯気の立ち昇る浴室から出てケモ耳少女はため息を一つ漏らす。
ケモ耳と尻尾があるだけ体を洗うのは大変だった。
そもそも猫は濡れるのを
基本水やお風呂というものは嫌いだ。
だが、お風呂しなければ話を聞いてもらえない。
『全てはあの人のため』
ケモ耳少女は頑張ってお風呂をクリアした。
浴室の外は洗面台と洗濯機の置かれた脱衣スペースになっていた。
出てすぐに白いスチール製の3段ラックがあり、一番上にバスタオルとロングTシャツが置いてあるのが目に入る。
「着替えって…これかな?」
バスタオルを手に取り体を
ケモ耳少女は体を拭くことに悪戦苦闘していた。
薄汚れていたケモ耳と尻尾は、真っ白のフサフサのモフモフ尻尾になったが、人間の肌と違いなかなか水分を拭ききれない。
プルプルプル、と猫よろしく頭の先から尻尾まで震わせてみたが、プルプルしても全ての水分が飛ぶわけでもなく……。
「うーーー……」
通してから気付く。
「これ…着方知ってた…ロングTシャツ……」
自分の記憶は
「なぜ私はロングシャツ知ってたの…?てか、シャンプーやボディソープも知ってた……」
猫であった記憶しかないトロにはわからないことだった。
「わからないことをずっとっ考えても先に進めないよね…」
自分に言い聞かせるように
脱衣スペースのドアの先は廊下になっていた。
ドアを開けると香ばしい焼けた醤油の匂いが鼻腔をくすぐる。
「いい匂い…」
香ばしい匂いに思考を洗脳され、我知らず猫であった頃のように4足歩行のハイハイスタイルで匂いを辿って進んで行った。
「何してんだ?」
声にハッと我に返ると、目の前に足がある。
視界を上に向けると、猫の姿で消えた青年がTシャツ短パンを着た人の姿で立っていた。
「…尻尾出てるから後ろまる見えだぞ」
「ひゃん!」
匂いに夢中で今自分がどんな格好をしているか青年に言われるまで気づかなかった。
ケモ耳少女があわてて床にペタっと座ると、しゅるんと尻尾が先から消えていった。。
「尻尾消えたな」
「えっ!?」
消したつもりはないが、確かに尻尾の感覚はなく、手で触ってみても消えていた。
「ケモ耳は残ったままか…まあとりあえず食え」
青年はケモ耳少女の前に皿を差し出した。
受け取った皿の上には焼きおにぎりが2個あり、柄の先が猫の形の可愛いいフォークがさしてあった。
「こんな時間だからチンご飯の焼きおにぎりくらいしかなくてすまんな…それ食ったら話を聞こう」
焼きおにぎりを差し出す青年の眼差しは、泣きたいぐらい優しかった。
おずおずと皿を受け取り、猫ちゃんフォークを使って焼きおにぎりを口に運ぶ。
「あちゅ!」
出来たての焼きおにぎりは熱かった。
一生懸命フーフーしてぱくつく。
今度は猫舌でも大丈夫の熱さだった。
「おいしい…」
言葉とともにポロっと涙がこぼれる。
焼きおにぎりを食べた記憶はなかった。なかったが、焼きおにぎりは知っていた。
『なんでこんなに切なくなるの…』
自分でもわからない…。
こみあげてくる思いに一度涙がこぼれたらもう止められなかった。
しゃくりあげながら焼きおにぎりを猫ちゃんフォークで口に運び
青年は泣きながら焼きおにぎりを食べるケモ耳少女からそっと離れ、キッチンカウンターの椅子に座って食べ終わるのを待った。
最後の一口を口に運ぶと、青年がケモ耳少女の前に来た。
「皿を」
青年は皿を持ってない手でラグの上に置かれたローテーブルを指差した。
「そこのテーブルの所で話を聞こう」
ケモ耳少女は手で涙をぬぐい、言われるままにローテーブルの前に移動する。
皿をシンクに置いた青年が、ローテーブルを
スッと青年は少女の前に紙を置く。
「
「
「トロ」
「トロ?」
「トロイメライ」
ああ…と仁は納得する。
「マグロのトロでなく、トロイメライのトロか、で猫としての名前なんだな…人としての名は?」
「わからない」
「わからない?だが俺の名前読めた、ってことは人として文字を学んだってことだろ?」
「…わからない……猫の記憶しかない…から……」
その先の言葉が続かない。
仁の言うように人として生きていたのかもしれないけど、トロにはその記憶がないのだ。
ケモ耳をイカ耳にして視線を落とし、トロは黙って
「先にトロの依頼を聞こうか…」
仁の声にトロは
「『あの人を助けて』のあの人とは?」
「お腹すかした私にパンをくれた人…」
「パン?」
トロは小さく
「猫の縄張りってよくわかんなくて…追いかけられて…走り疲れて…日が暮れてきて…お腹すいて……人気のない小さな神社の
「給食?小学生か中学生か…」
「ネクタイしたブレザーの制服着てた…」
「ネクタイなら中学生か…」
ブレザーの制服なら小学校もあり得るが、ネクタイ付きの制服なら中学生の可能性が高い。
「名前はわかってるのか?」
「
トロはあの日を思い見る。
家に招き入れてはもらえなかったけど、あの日のあのパンの美味しさは一生忘れられはしない。
「それから毎日のように学校帰りにパンを持ってきてくれて…『僕と
「そうか…」
「学校がお休みの日も同じくらいの時間にパンを持ってきてくれてたけど、昨日友が来なくて…何か胸騒ぎがして家に行ってみた…」
パンがもらえないことより友に何かあったんじゃないかって気がして、いてもたってもいられず友の家に向かったのだ。
「家の外から見ても友の姿見えなくて…庭にある小屋から音がしてて、窓から
トロの声が震えている。
「他にも大人の男の人と女の人がいたけど友が暴行されるのを笑ってみてて…友が床に倒れて動かなくなったら小屋に鍵かけて出ていった」
ピクリとも動かなくなった友の姿に血の気が引いた。
「このままじゃ友が死んじゃう!でも猫である自分は今ここで何もできない!その時思い出したの!神社を通って行った二匹の猫が、猫の依頼を受けてくれる人がいるって
それは猫のトロにとって唯一の細い蜘蛛の糸だった。
「
「俺にたどり着いたか…」
「お願い!あの人を助けて!どうか友を助けて!!」
トロは必死に訴えた。
「あの時言ったがもう一度ここで言おう。『
それは浴室でも聞いた声。直接耳から脳へ、そして身体へ届き支配するような喜びを秘めた確約。
「お願いします」
トロは仁に頭を下げた。
「早速調査にかかろう、聞いていたな
「はっ!」
自分の後ろから仁以外の声がして振り向けば、そこに4匹の毛並みの違う猫がお座りして控えていた。
「猫が返事した!?」
「ケモ耳姿でしゃべってるお前が言うかっ!」
仁にジト目で見られた。
「あ…すみません……」
気を取り直して仁は四稀と呼んだ猫たちに告げる。
「ハル」
「はっ!」
ハルと呼ばれたのはミケの雌猫。
「ナツ」
「はっ!」
ナツと呼ばれたのはベンガルの雄猫。
「アキ」
「はっ!」
アキと呼ばれたのはバーマンの雄猫。
「南、夕刻にトロイメライの流れる町、水上友、『探れ!』」
「承知致しました」
3
「フユ」
「はい」
フユと呼ばれたのはソマリの雌猫。
「フユはトロの側に」
「承知致しました」
フユも頭を下げて返事を返す。
四稀全てに指示が出され、4
まずハルが後ろ足で立ち上がり爪をうにゅと出して器用にロックを外す。
次にナツが窓を引き開ける。
雨は上がっていたが、水に濡れた空気が部屋に入り込み、入れ違いにナツが外に出て、ハルとアキが続いた。
最後にフユが前足で窓を閉め、爪をうにゅと出してロックをかける。
「窓を開けて出て閉めた!?」
猫の姿でいたトロは、窓の開閉を完ぺきに
「窓は開けたら閉めるもんだろ」
「いやいやいや、ロックは無理!ロックは!」
言い
「俺はじーさんに報告してくる、後は頼んだ」
「はい。お任せください」
言い残し、トロが声をかける
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