第3話 チキンな私の決意
【明日の朝、ちょっと時間もらえますか?】
送った。送ってしまった。
【いいよ。場所はどこにする?】
彼、
【それじゃあ、三人の想い出の場所で、お願いします】
少し考えて、そんな文章を送ってみた。伝わるかな。
【三人の想い出の場所……桜山公園であってる?】
予想通り。即座にわかってくれた。
【はい。ずっと前から伝えたかった、大事な話があります】
もう、後戻りは出来ない。
【……大事な話、か。わかった。きちんと聞くよ】
そして、これも予想通りの返事。
【ところでさ。僕も、明日、実は伝えたいことがあるんだ】
「え?」あまりにも予想外な返事。
【……ええと、それは、重要なはははなしでしょうか】
ちょっと信じられなくて、はがダブっている。
手が震えているのが、自分でもわかる。
【うん。凄く重要な話。たぶん、同じくらい】
その言葉に、鼓動がどんどん早くなっていくのを感じる。
落ち着こう。まだ、彼の用事も告白だと決まったわけじゃない。
今、この場で気持ちを確かめるのはナシ。さすがにラインでそれはない。
遠回しに、うまく聞く方法はないかな。そうだ。
【それって、私の日記に書いてあった事と、関係、あります?」
どうも不審だった点がある。
まず、和葉が私の部屋に勝手に侵入したらしき形跡があること。
あの子はバレてないと思っているようだけど、雑なので丸わかりだ。
しかも、毎日つけている日記が、いつもと違うページになっていた。
だから、あの子が彼への想いを綴ったページを見た可能性もある。
それを悟った時、湧いてきたのは怒りよりも焦りだった。
あの子の事だから、たぶん、ふとした拍子に彼にばらしてしまう。
だから、なんとかしないと、と思った。
泰介が想いに応えてくれたならともかくとして。
知らないところで気持ちを知られて、勝手に振られるのは嫌。
その事を確かめるためにも。また、彼の気持ちを確かめるためにも。
それとなく、好意アピールをしてみたのだった。
でも、結果はことごとく不発。その度に強引に場を取り繕うことになった。
チキンだと笑わば笑え。
私だって必死だったのだ。
【……うん、あるよ。ごめん】
ということは、気持ちがバレているのは確定。
あの子が彼にばらしたんだろう。
悪戯好きなあの子らしい。
【いえ、いいんですよ。和葉がやったんでしょう?】
【でも、あんまり和葉ちゃんの事責めないであげて。ちゃんと叱っといたから】
まるで保護者のような言葉に、ぷふっと笑いが漏れる。
私が強く言えない代わりに、和葉を叱ってくれたのは彼だったっけ。
【わかりました。それじゃ……明日、よろしくお願いします】
【うん。こちらこそ】
そんなメッセージを打ち終えた私は、鼓動が凄く早くなっているのに気づいた。
こっちから、想いをぶつけるつもりだったのに、まさかこんな事になるなんて。
彼の要件も告白に違いない。
彼は、直接されていない告白を断るなんて事は絶対しない。
でも、お互いがお互いに告白するつもりなんて、一体どうなるのかな。
「和葉、恨むからね……」
そう、つぶやきながら目をつむる。
すると、不思議な程、昔から今までの想い出が蘇ってくる。
◆◆◆◆
私が生まれたのは、うどん県としてある意味有名な
最近は、ゲーム1時間条例とかで変に話題になっているみたいだけど。
そんな香川県の、比較的都会な高松で私達は育った。
私が幼稚園の頃だったから、ひどく記憶は曖昧だけど、近所のうどん屋さんに何度も連れて行ってもらったのを覚えている。
確か、入り口から、店員さんがうどんを切っているのを見たっけ。
その後、父は脱サラして、今の住所でうどん屋『
それが、私が小1の頃。キラキラした店が誇らしかったのを覚えている。
彼との出会いは芳泉が開業したばかりの頃。
幼かった私と和葉は、開店中は店の隅っこでじっとしているのが常だった。
◇◇◇◇
お母さんと同じくらいの女の人が、店に入って来た。
私より少し大きい男の子を連れて。ってあれ?
2年生で、見たことがあるような……。
「あれ?1年の……双葉だったっけ」
その男の子は、私の名前を覚えているらしかった。
私は、学校のどこかで見たことがあるだけ。
「え、えっと。その、どちら、さま、ですか?」
知らない人に名前を覚えられている事がなんだか怖かった。
だから、反射的にお母さんの影に隠れてしまった。
「あ、ごめんごめん。誤解させちゃったかな」
頭に手を当てて、ニッコリと笑う男の子。
「なんだか、大人の人、みたい」
言葉の遣い方とか。
「よく言われる。僕は、安田。
やっぱり、言い方がどこか大人っぽい。
でも、良かった。
「ごめんなさい。その、私は、
お母さんの影に隠れた事が恥ずかしくて、少し噛み噛みになりながら
自己紹介をした私。
「泰介?あんまり邪魔しちゃ悪いわよ」
綺麗な女の人が、何やら、泰介さんに注意している。
「あ、ごめん。双葉、それじゃ、また今度」
お客さんの席に彼らが座るのが見えた。
あ、そっか。泰介さんはお客さんだったんだ。
お客さんなら心配することはない。
そうホッとして、ぼーっとしていたのだけど。
「美味しい!美味しいよ、このおうどん!」
さっきの男の子が大きな声を出すのが聞こえた。
反射的にビクっとしてしまう。
「こら。店の中で大声出しちゃ駄目でしょ」
また、綺麗な女の人が彼に注意している。
「ごめん。でも、すっごく美味しいよ」
興奮気味な声。
率直な褒め言葉に、まるで自分のことが褒められたみたいに嬉しかった。
これが、彼との出会い。特に、ドラマもない、日常の一コマ。
それから、泰介さんは何度もうちのお店に足を運ぶようになった。
私も、彼の事が気になって、店に来るたびに話すようになった。
彼はいつも優しく話しかけてくれて、そんな彼にどこか憧れていた。
そして、和葉の事も。
「こら、和葉!店の冷蔵庫、勝手に使っちゃ駄目でしょ!」
お母さんが和葉を叱責する声。
私が、学年が上がった頃のこと。
小学生になった和葉はわんぱくだった。
店の冷蔵庫にある飲み物を勝手に飲んだりするのもよくあること。
その度に、お母さんもお父さんも叱るのだけど、和葉は笑って逃げ回るばかり。
常連さんも、和葉のわんぱくぶりには、苦笑いだった。
中には注意してくれる人もいたけど、やっぱり聞く耳を持たず。
「駄目だよ、そんなことしちゃ」
逃げ回る先を塞いだのは、泰介さんだった。
でも、どうするのだろう。
お母さんが言っても、聞かなかったのに。
それに、泰介さんが、なんでそこまで。
「なんで?私の家のジュースだよ?」
頭の痛いことなのだけど。
和葉は、店の冷蔵庫と家の冷蔵庫の区別がついていなかった。
「それは、お店のもの。和葉ちゃんがやってるのは、ドロボーだよ」
ドロボー、という言葉に、和葉がビクリとする。
和葉とて、泥棒がいけない事はわかっている。
「でも……。私の家のものだよ?」
でも、やっぱりピンと来ないらしい和葉。
そんな返答に頭を痛めながらも、彼は懇切丁寧に
店と家の違いから始めて、
それはいけないことだと説明してくれたのだった。
「ごめんなさい。もうしません」
ようやく、自分のした事がいけないことだと自覚した和葉。
それを見て、私は、
「泰介さんって凄い!」
と尊敬するようになった。
◇◇◇◇
それから、私は以前にも増して彼の事を目で追いかけるようになっていた。
上の学年に行く勇気はなかったけど、彼が店に来れば一緒に楽しくお話をした。
彼がわんぱくな和葉を教え諭してくれたことも一度や二度ではなかった。
そんな彼に両親も好感を持ったようで、私たちが泰介さんのところに
遊びに行くことも増えた。
そんな風に交流が深まってしばらく経った、小4の頃、事故は起こった。
◇◇◇◇
その日は、私と和葉と泰介さんで、近くの
「こら、和葉!スピード出しちゃ危ないよ!」
遊具の中にある長い滑り台が、当時小3の和葉は大好きだった。
「大丈夫、大丈夫!何度も滑ったもん!」
姉の私が何度注意しても聞く耳持たず。
情けないけど、泰介さんに言い聞かせてもらおうか。
そんな矢先に事故は起こった。
「いたい、いたいよー!」
泣き叫ぶ和葉の声。
言わんこっちゃない。きっと、スピードを出しすぎたんだろう。
って、それよりも、あの子が大丈夫か確かめなきゃ。
「和葉ちゃん、大丈夫?」
そして、やっぱり一早く駆けつけたのが、泰介さんだった。
「膝が、痛いの……」
泰介さんが来るなり、少し落ち着きを取り戻した和葉。
「大丈夫?ちょっと見せてね」
真剣な顔で、膝の様子を見る彼。
和葉は大丈夫だろうか。
「結構、擦りむいてるね。消毒しないと。ほら、和葉ちゃん、おんぶ」
「うん……」
結局、和葉は膝を深く擦りむいただけだった。
公園の水道に連れて行って、傷口を水で洗い流して、素早く応急措置。
その間、何も出来ずに、私はぼーっと見つめているだけだった。
お姉ちゃんなのに、何も出来なかったのが悔しかった。
「じゃ、和葉ちゃん。家まで我慢だからね」
そう言って、再び和葉をおぶろうとする彼を見て、私は、
「私がおんぶします!」
勇気を振り絞って言った。お姉ちゃんらしくないと思ったから。
「お、おねえちゃん?」
和葉はといえば、まるで予想していなかったとばかりに目を白黒させていた。
泰介さんもとても驚いていた。
「ほら、いいから」
とにかく意地だった。
半ば無理やり和葉をおんぶして、家への道を帰ることにした。
のだけど、重い。とにかく、重い。
「~~~~」
でも、ここで泰介さんに任せたら、負けた気分だから、歯を食いしばった。
「お姉ちゃん、ごめんなさい」
滅多になかった、妹からの謝罪。
その言葉に、ちょっと私は得意になって、
「私はお姉ちゃんなんだから、ね」
と言ったのだった。
◇◇◇◇
それから、彼の私を見る目が少し変わった。明くる日。
「和美、これからは「泰介さん」じゃなくていいから」
唐突にそんな事を言われた。
「ど、どういうことですか?」
「昨日のを見てて、和美って同い歳みたいだなって思ったんだ。だから」
そう言う、泰介さんは、どこか照れている気がした。
その申し出に、彼と同じ位置に立てた気がした私は。
「はい!じゃあ、泰介。これからも、よろしくお願いします」
そう言ったのだった。
◇◇◇◇
「泰介と仲良くなれたのは、和葉のおかげだったのかな」
回想から覚めて、ふと思ったのが、そんな事。
あの子にそんなつもりは毛頭なかっただろうけど。
奏介が「お兄さん」じゃなくなったのは、あの出来事がきっかけだった。
あの出来事がなければ、と思う。
きっと、私は、「憧れのお兄さん」として彼の事を見たままで。
彼も、妹のように見ていたままだったかもしれない。
そうすると、あの出来事は人生の分岐点だったのかも、とも思える。
「次の分岐点は、明日なんだけど」
ほんと、和葉の奴め。
結果的には、私の後押しをしてくれたわけだけど、悪戯には変わりはない。
だからと言って、別に強く責める気にはなれない。
私は和葉のお姉ちゃんだし。
ちょっとくらいの悪戯は可愛いもの。
そして、明くる朝のこと。
約束の時間に、泰介は、きっちりと来ていた。
想い出に残る遊具の前で。
「おはよう、
彼のその言葉に、さあ、いよいよだ、という気持ちになる。
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