第4話 僕と彼女の告白

「おはよう、和美かずみ


 彼女が言った通りの場所で向かい合う僕たち。

 しかし、昨日は驚いた。和葉ちゃんの仕業だという事を見抜いていたとは。

 そういうところは、やっぱり姉妹だな、なんて思う。


「おはようございます、泰介たいすけ


 さすがに和美かずみも緊張している。

 早口になってないのは、状況を既に理解しているせいだろう。

 つまり、僕たち二人とも、お互いの気持ちがわかっているということ。


 しかし-考えれば考えるほど、この状況は難問だ。


 「和美。ずっと好きだった。僕の恋人になって欲しい」


 と言っても

 

 「あ、はい。わかってました。付き合いましょうか」


 なんて、とても間抜けなことになる。


 それは、何かが間違っている。


 まずは……そうか。きっかけの話をしよう。


「あのさ。僕らが出会った時のこと、覚えてる?」


 こんな話題振りも、「ああ、告白につなげる前振りなんですね……」なんて和美に理解されてるかと思うと、非常に微妙な気分になる。せめて、彼女が和葉ちゃんのした事に気がつかなければ、と、言っても仕方がない事を考えてしまう。


「はい。実は、私も昨夜、考えてたんです」


 ということは、彼女の方も話をどう運ぼうかと考えていたというところか。

 和美のことだから、眠れなかったんだろうな。

 よく見ると、目に少しクマが出来ている。


「じゃあ、ちょうどいいか。実は、一目惚れだったんだよ」


 初めて、『芳泉ほうせん』を訪れた時の事を思い出す。

 僕より少しちっこくて、お人形さんみたいに綺麗だった彼女。

 そんな彼女の姿が焼き付いて、足繁く通った、というのが正直なところだ。


「……えぇ!?」


 和美はといえば、ビックリ仰天といった様子。

 あ、そうか。きっかけが一目惚れというのは言ってなかったんだ。


「ええとさ。一目惚れといってもね、その頃から恋してたというわけじゃなくて。なんだか綺麗だから、凄く気になってたとかそういうところ。だから、あくまで、きっかけ、ね」


 言い訳がましい事を何やら早口で言ってしまう僕。

 

「なんで、そんな言い訳がましい言い方なんですか?」


 非常に微妙な表情をされてしまった。


「いや、さすがに、一目惚れだけで、かれこれ10年以上付き合い続けて来たと思われると、ね。だから、つい、予防線張っただけ」


 だって、僕は彼女の内面も含めて好きになったんだから。

 ただ、こういう言い方は良くない気がしてきた。


「予防線張られる方がげんなりしますよ。そのくらいは、信頼してください」


 うげ。不機嫌そうだ。とちったなあ。


「とにかく、一目惚れはきっかけではあったんだけど、もちろんそれだけじゃないよ。僕の家は、母さんと僕だけでしょ。弟か妹が居たら……って思ってたんだ」


 そんな人恋しさは今でも時折顔を出すことがある。

 『芳泉』にお世話になって、帰った後とか。

 そんな僕にとって、1つ下の和美と居られる時間は心地が良かった。


「妹といえば、和葉もそうですよ。泰介の中では違ったんですか?」


 ああ、そっか。彼女の視点からはそこも気になるか。


「和葉ちゃんは……今は、妹みたいなものだと思ってるけど。当時は……うーん、保護者?」


 強いて言葉を当てはめるなら、そうなる。

 最初の頃は、和葉ちゃんじゃなくて、和美こそが妹みたいなものだった。


「泰介はよく和葉の事注意してましたしね。保護者というのは、よくわかります」


 わんぱくだった頃の和葉ちゃんを思い出しているのか。

 彼女は、時折笑いながらそんな風に言う。


「とまあ、そんな感じ。今思えば、和葉ちゃんの世話をしたがったのも、和美の前で、お兄さんである僕が代わりに……って格好つけてた、のかも」


 思い返すと、和美が尊敬の目線で見てくれる事がどこか気持ちよかった。

 だから、ちょっと、調子に乗っていたこともあった。


「変に自虐しなくてもいいんですよ。泰介は格好良かったです」


 まっすぐな言葉が僕の胸に響く。そんなストレートな言葉が嬉しい。


 気がつくと、お互い緊張が消えていた。

 ただ、こんな事もあったよね、と想い出話に花を咲かせる感覚。


「そう思ってくれたならいいんだけど」


 と言いつつ、ふと、思い出したことがあった。


「ああ、そうだ。ここが想い出の場所って言ってたよね。僕も同じなんだ」


 だから、彼女に三人の想い出の場所と言われた時に、即座にここが出てきた。


「すぐに返事帰って来ましたからね。その辺はなんとなくわかります」


 こういう風にすぐ通じるところは、ほんとに心地良い。


「あとさ、和美にとっては嫌な話かもしれないけど……」



 一瞬、躊躇したけど、それくらいで壊れる関係じゃないか。


「和葉ちゃんの面倒見てたのは、和美や靖子さんたちの代わりにって意識があったんだよ」


 和美も靖子さんも強く言えないから、お兄ちゃんな僕が代わりにって。今思えば、幼かった。


「お母さんもたち助かってましたから。嫌じゃなかったですよ。むしろ、いつも凄いなって思ってました」


 あまりに度が過ぎる注意していた、くらいだったんだけど、そう見えてたのか。

 やっぱり、昔の和美の視線は僕への尊敬だったのかな。


「でも、和葉ちゃんをおぶってた和美を見た時にさ。凄く申し訳ない気持ちになったんだ。保護者気取りで、和葉ちゃんと君の間に割り込んじゃったんじゃないかとか。和美もああやって背負えるのに、自分だけが出来るように思ってたし」


 そう。あの時、僕は、和美には何もできないって気持ちがどこかにあった。

 だから、真っ先に駆けつけて、応急処置もした。

 それが、和美が小さい身体で和葉ちゃんを背負うからびっくりだ。

 そんな彼女を見て、和美もちゃんとお姉ちゃんで、やればできるんだ、と悟った。

 

 だから、提案したんだ。妹みたいなものではなく、対等な関係で見ようと。


「それで、「さん」付けを止めようって話になったんですね」


 ふむふむと納得している様子。


「それ以降は、知っての通り。確か……中学1年の頃だったかな。唐突に、お風呂に入ってる時に、気づいちゃったんだ。あれ?和美ってすっごく可愛いなって。それこそ、思春期って話なのかな」


 本当に身も蓋もない話だ。

 今思い出しても、何かがひらめいたような感覚というしかない。

 でも、可愛くて、気心が知れてて、魅力的な身体を持った彼女。

 思春期の男子としては、意識しても仕方がない。


「お風呂っていうのが気になりますけど……ひょっとして、エッチな事だったりします?」


 う。痛いところを突いてくるなあ。

 そりゃ、和美とあんなことやこんなことをするのを想像したこともあった。

 さすがに、エッチな妄想は恥ずかしくて言えそうにないけど。


「そこは察してよ。あとは、どうやってこれ以上距離を縮めればいいんだろう、とかどうでもいい事で足踏みして、今に至るという感じ」


 「二人で遊びに行く」と「デート」の違いはなんだ?という事も考えた。

 今思えば、ひどくどうでもいい事だ。

 しかし、男女は少しずつ距離を少し縮めていくものらしいし……。

 結局、意識したところで、これ以上縮まる距離はなかったんだけど。

 

「私は……そうですね」


 頬に手を当てて考え込む和美。


「やっぱり、この公園での出来事があってからは、対等に思えるようになった気がします」


 なるほどね。あの提案をして良かった。


「あとは、私は……確か小6の頃だった気がします」


 続けて、


「恋愛っていうのを意識し始めて。真っ先に浮かんだのが、泰介だったんですよ」


 真っ先に僕だったんだ。それは光栄というか、色々嬉しい。

 でも……。

 お互い、気がするとか。その辺りだったとか、色々あやふやだ。

 きっと、意識する時に劇的な出来事がなかったんだろう。


「でも、いきなり好きと言って、断られるのが怖かったですし。断られたら、お店にも遊びに来てくれなくなるかなあ、とか。そんな感じで、私も、ずっと足踏みしてました」


 断られるのが怖いという意識は、僕にはあまりなかった。

 だって、和美ならたとえ断ったとしても、関係は続くと思えたから。

 でも、本来は、確かに怖いものなんだろう。


「それで、全然ムードのかけらもなくて申し訳ないんだけど。好きだよ、和美」


 言ってて、本当にひどい告白だ、と思う。でも、仕方ないじゃないか。

 試合で、どうすればいいんだ。


「私も、泰介の事が好きです。でも、出来れば「ムードのかけらもなくて」とか変な言い訳は止めて欲しかったです。100年の恋も覚めますよ」


 冷たい表情で言う和美。僕の心にグサッと来た。


「ごめん。そこは直すように努力するよ」


 ああ、なんと情けないことだろうか。


「って、その辺は冗談ですよ、冗談。でも……そうですね。ギュッと、だきしめて、いいですか?」

 

 ギュッと、か。

 さすがに、そのリクエストは恥ずかしいらしく。頬が少し朱に染まっている。

 僕も、改まって抱きしめるとなると、恥ずかしい。


「うん。それじゃあ……」


 トコトコと近づいて、お互いの背中に手を回して抱きしめ合う。

 ああ、ドキドキしてくる。

 なんだかいい匂いもだし、押し付けられた胸や体温も。


「どうですか?ドキドキ、してます?」


 少し、熱に浮かされたような声。可愛いな、て改めて思う。


「うん。ドキドキ、してるみたいだ」


 内心、少し、ほっとしていた。

 好きなのは本当だけど、こうやって、ドキドキできるのかという懸念があったのだ。

 じゃないと、仲は良くても、今までの延長線上になりそうな気がした。


「私もです。やっぱり、こうすると違うんですね……」


 ほう、と息を吐く音が聞こえる。

 少し艶かしく思えるのは、恋人という関係を意識したからだろうか。

 彼女の体温と身体の感触と、その他諸々が、僕を刺激する。


「でも、ちゃんと恋人らしく出来そうでほっとしたよ」


 いや、本当に。

 今、僕は、和美と抱き合って、それで、すごくドキドキしてる。


「私も、です。あ、でも、いいムードの時に長口上は止めてくださいね?」


 またしても、僕の心にグサっと刺さることを。でも。


「それ言ったら、和美も今、長口上だと思うよ」


 それくらいは言いたい。

 でも、抱き合いながら、何を言ってるんだろう。


「だって、仕方ないじゃないですか。告白しようと思ったら、既に気持ちを知られてたとか。おまけに、返事もOKってわかっちゃってたんですから」


 うん。その点は否定できない。って、思い出した。


「和美は昨夜、和葉ちゃんの悪戯って言ってたけど。あれ、誤解だからね」


 そこの誤解は解いておこう。


「ええ?悪戯じゃなかったら、何なんですか?」


 胸の中の彼女が、意外そうな声で言う。


「和葉ちゃんは、僕らのこと、ずっと、くっつけたかったんだよ。そもそも、日記探しだしたのも、そのせいで暴走したようなものなんだ」


 そう。可愛い妹が、僕らのことをくっつけようとしてくれた。

 だから、和美には誤解してほしくなかった。和葉ちゃんのためにも。


「そうですか。あの和葉が……。今回は助けられちゃいましたね」


 そう、嬉しそうに和美は言ったのだった。


「というわけだけど、どう?和葉ちゃん」


 影から一部始終を見ていた、妹のような彼女に告げる。

 あえて見せつけるのはちょっとどうかと思ったけど、それもまあいいや。 

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