02 ENDmarker.

「なにがだめなのかな?」


「うわっ」


 彼。


 わたしの後ろに。


「雨が振るらしいので、傘を持ってきました」


 差し出される。傘。わたしが受け取らないことを知っているかのように、すぐ彼は引き戻した。


「わたし。だめな人間だから」


「どんなふうにだめなのか、訊いてもいいかな?」


 彼。


 私のとなりに立って。信号を見つめる。


「仕事から帰ってきた、あなた。大変そうだった」


「まあね。そこそこ面倒な仕事だったよ」


「玄関で倒れてたあなたを、わたしは。介抱して。ベッドまで運んで。二人で寝ないといけないのに」


「うん?」


「無視した。そんなわたしがいやで、部屋飛び出したの。わたしがいや」


「君のそういうずれてるところ、いいなあ。好きだなあ」


「なによ」


「なぜ、僕が倒れていたら、介抱して一緒に寝ないといけないって、思ったの?」


「大きな仕事を終わらせた男性は、その、そういうことを。したくなるって。書いてあった」


「何に書いてあったの?」


「雑誌」


「あははは」


「でも。わたし。その勇気が。ないの」


「たのしくなってきたなあ」


「たのしくないっ」


「あははは。君は、たのしい精神構造をしてる」


「たのしい、精神構造?」


「君はえっちだ。僕とえっちがしたいといつも思っている。でも、えっちができるようなタイミングになると、急にしりごみする」


「うん。自分でも、そう思う」


「こういうの、世間一般でなんて言うか、知ってる?」


「知らない」


「むっつりすけべって言うんだよ」


「えいっ」


「いたいいたい。つねらないで。いたいよ」


「あっごめんなさい。つい」


「こうやって触ることはできる。でも、いざ事に及ぼうとするとこわがる」


「ごめんね。こんなわたしで。いやになったよね?」


「ぜんぜん。好きになった。守りたくなった」


「なんで」


「僕の仕事はね。街の安全を守ることなんだ。たとえば、ほら」


「うん?」


「君みたいなのが、急に外に飛び出しても、安全なように。夜の街も、昼の街も。守られてるんだ。君の場所も、さっき通信で。ほら」


「ほんとだ」


「この街は守られてる。ちなみに、監視カメラの情報精査は人工知能がやってるから、プライバシーもばっちり守られてる」


「すごいんだね」


「がんばったんだ。昨日完成してさ。最後の調整をしてた」


「じゃあ、やっぱり」


「うん。大きな仕事が終わったから、達成感がすごい」


「えっちしたいんだ?」


「したいね」


「そっか。ごめんなさい」


「謝ることないよ。僕はそんなに自分の気持ちを荒ぶらせたりしないほうだから。ぜんぜん大丈夫」


「そう、なん、だ」


「ほら。いま。僕に強引に迫られたいって思ったでしょ?」


「う」


「そういうとこがね。また、好きなんだ。僕は、君の、にえきらないところが大好き」


「わたし。こんなに、じぶんのことがいやなのに」


「そこも好きだなあ。にえきらない自分を認められなくて、急に部屋を飛び出しちゃうんだよねえ」


「あ、雨」


「ここで傘の出番です」


「ねえ」


「うん?」


「玄関で、倒れてた、よね?」


「うん」


「つかれて、ないの?」


「つかれてるよ。正直、立ってるのもつらい」


「あっ」


「おっ、と。ごめんごめん。弱音を口に出したら、つい力が抜けちゃった。へへ」


「わたしなんかのために」


「どうしても、君に会いたかったんだ。えっちしたくても自分から言い出せなくて、にえきらなくて、どうしようもなくなった君に。どうしても」


「あなたも、なんか、ずれてるね?」


「僕は、君のことが好きだから。君の望む自分になるために。いくらでも、ずれるよ。君とえっちできなくてもいい。君が好きだから。僕は」


 彼は。


 そう言って。


 倒れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る