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「なにがだめなのかな?」
「うわっ」
彼。
わたしの後ろに。
「雨が振るらしいので、傘を持ってきました」
差し出される。傘。わたしが受け取らないことを知っているかのように、すぐ彼は引き戻した。
「わたし。だめな人間だから」
「どんなふうにだめなのか、訊いてもいいかな?」
彼。
私のとなりに立って。信号を見つめる。
「仕事から帰ってきた、あなた。大変そうだった」
「まあね。そこそこ面倒な仕事だったよ」
「玄関で倒れてたあなたを、わたしは。介抱して。ベッドまで運んで。二人で寝ないといけないのに」
「うん?」
「無視した。そんなわたしがいやで、部屋飛び出したの。わたしがいや」
「君のそういうずれてるところ、いいなあ。好きだなあ」
「なによ」
「なぜ、僕が倒れていたら、介抱して一緒に寝ないといけないって、思ったの?」
「大きな仕事を終わらせた男性は、その、そういうことを。したくなるって。書いてあった」
「何に書いてあったの?」
「雑誌」
「あははは」
「でも。わたし。その勇気が。ないの」
「たのしくなってきたなあ」
「たのしくないっ」
「あははは。君は、たのしい精神構造をしてる」
「たのしい、精神構造?」
「君はえっちだ。僕とえっちがしたいといつも思っている。でも、えっちができるようなタイミングになると、急にしりごみする」
「うん。自分でも、そう思う」
「こういうの、世間一般でなんて言うか、知ってる?」
「知らない」
「むっつりすけべって言うんだよ」
「えいっ」
「いたいいたい。つねらないで。いたいよ」
「あっごめんなさい。つい」
「こうやって触ることはできる。でも、いざ事に及ぼうとするとこわがる」
「ごめんね。こんなわたしで。いやになったよね?」
「ぜんぜん。好きになった。守りたくなった」
「なんで」
「僕の仕事はね。街の安全を守ることなんだ。たとえば、ほら」
「うん?」
「君みたいなのが、急に外に飛び出しても、安全なように。夜の街も、昼の街も。守られてるんだ。君の場所も、さっき通信で。ほら」
「ほんとだ」
「この街は守られてる。ちなみに、監視カメラの情報精査は人工知能がやってるから、プライバシーもばっちり守られてる」
「すごいんだね」
「がんばったんだ。昨日完成してさ。最後の調整をしてた」
「じゃあ、やっぱり」
「うん。大きな仕事が終わったから、達成感がすごい」
「えっちしたいんだ?」
「したいね」
「そっか。ごめんなさい」
「謝ることないよ。僕はそんなに自分の気持ちを荒ぶらせたりしないほうだから。ぜんぜん大丈夫」
「そう、なん、だ」
「ほら。いま。僕に強引に迫られたいって思ったでしょ?」
「う」
「そういうとこがね。また、好きなんだ。僕は、君の、にえきらないところが大好き」
「わたし。こんなに、じぶんのことがいやなのに」
「そこも好きだなあ。にえきらない自分を認められなくて、急に部屋を飛び出しちゃうんだよねえ」
「あ、雨」
「ここで傘の出番です」
「ねえ」
「うん?」
「玄関で、倒れてた、よね?」
「うん」
「つかれて、ないの?」
「つかれてるよ。正直、立ってるのもつらい」
「あっ」
「おっ、と。ごめんごめん。弱音を口に出したら、つい力が抜けちゃった。へへ」
「わたしなんかのために」
「どうしても、君に会いたかったんだ。えっちしたくても自分から言い出せなくて、にえきらなくて、どうしようもなくなった君に。どうしても」
「あなたも、なんか、ずれてるね?」
「僕は、君のことが好きだから。君の望む自分になるために。いくらでも、ずれるよ。君とえっちできなくてもいい。君が好きだから。僕は」
彼は。
そう言って。
倒れた。
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