第82話 妹襲来2

「いや、俺も止めはしたんだけどな……」


 ガラム先生が額をぽりぽりと掻きながら答えた。


「先生! 先生もその方が良いっておっしゃってくださったじゃないですか!」

 

 ミーナが眉根を寄せてガラム先生に詰め寄ると、先生は目を斜め上に向けながら困った様子だ。


 ぼくは先生の顔を見てピンと来た。


「お前、それ先生が酔っぱらっているときに賛成してくれってお願いしたんだろ?」

「う゛っ……」


 ミーナの態度がいきなりイタズラがばれたときのモードに切り替わる。


 やはりそうか。


『先生に無茶なお願いするときは、酔っぱらっているときに限る』


 これはぼくたち兄妹の間で共有しているガラム先生向けのおねだりテクニックなのだ。酔っぱらって上機嫌になった先生は、たいていのことはうんうんと頷いて同意してくれる。


「だって……先生が『ミーナはもっとわがままになっていい』とかおっしゃるから……わたくし……」


「先生!? そんなこと言ったの?」


 ガラム先生の目が逆方向に動いた。


「うーん。言ったような……言ってないような……」


 しどろもどろに答える先生からはプラチナ冒険者の威厳は一切消え去っていた。


 とはいえ、先生だったらそんなことを言っても不思議じゃないかもしれないとも思った。なぜなら、前に実家に帰ったとき、ぼくは久しぶりに再会した妹の成長を目の当たりにしているからだ。


 一緒に暮らしていた頃は我がままで甘えん坊だったミーナも、ぼくがエ・ダジーマに入学してからは、弟の面倒をよく見るようになり、他者への気遣いができるようになったと実家の人々から聞いていた。


 当然、ガラム先生だってミーナの頑張りを色々と見聞きしているはずだ。妹が何かと無理している様子を見た先生なら、そんなことを言う可能性は十分にあるだろう。


「わかったよ。それはもういいから……それで? ミーナ、ちゃんと自分の目的があってエ・ダジーマに入学するんだよな? 貴族の令嬢としての作法や教養を身に着けるなら他の選択肢があるはずだぞ?」


「はい。わたくし、しっかりと自分の意志を固めて、お父さまとお母さまにもお話してご理解いただきましたわ。今はハンスもわたくしがここで学ぶことを応援してくれているの……ですわ!」


 ミーナは目をキラキラさせながら、ぼくの瞳をまっすぐに見つめて言った。


 可愛い妹にこんな目を向けられて、それを無下にできる兄なんているわけがない。


「はぁ……わかったよ。エ・ダジーマ貴族寮へようこそ」


「ありがとうございます。お兄さま」


 ミーナが嬉しそうに微笑む。


「良かったなミーナ」

 

 ガラム先生がほっとした表情でそう言うと、ミーナは先生の腰に抱き着いてお礼を言った。


「ありがと先生!……ですわ!」


 ノーラとシーアも嬉しそうにその様子を眺めていた。


 こうして妹がぼくの部屋に滞在することになった。


 ……なってしまった。


――――――

―――


 翌朝―――

 

 ぼくは学校に妹の滞在許可について相談した。


 結果はあっさりとしたもので、校内の施設を利用する際はなるべくぼくが同伴することという条件でOKがもらえた。


 さらに授業についても実技以外で担当教師の許可があればぼくと一緒に受けても良いとのことだった。


 もちろんこの緩さは、ぼくたちが貴族だからだ。学校的にはなるべく多くの貴族様から寄付金を集めたい。というか貴族に期待しているのは主にその点だ。


 エ・ダジーマの精神に反するようなことがない限り、多少の貴族の我がままは問題なく通すのだ。


 もちろん、前世のウルス王が決めた方針だ。つまりぼくがそう決めたのだった。


「お兄さま! 今日からよろしくお願いしますわ!」


 学校側の決定をミーナに伝えると、ミーナは嬉しそうにそう言った。


「ああ。こちらこそ、よろしく頼むよ」


 ぼくも笑顔で応える。


「それで、お兄さま。今日のご予定はいかがでしょうか?」


「午前中は授業があるから、午後からミーナの勉強に付き合うよ。お昼はノーラと食堂においで、一緒に食事しよう」


「わかった……わかりましたわ!」


 いちいち言い直すのもどうかと思うけど、言葉遣いを直そうとミーナが頑張っているんだから、お兄ちゃんとしては黙って見守るだけだ。


 ぼくはシーアとノーラにミーナの世話をお願いして、午前の授業へと向かった。


「ねぇねぇキース様!」


 教室に到着すると、ぼくのところにキャロルが駆け足で近づいてきた。


 キャロルは二人きりのときはぼくのことを「キース」とか「あんた」と呼ぶけど、人前では一応きちんと「様」を付ける。


 個人的には呼び捨てでも良いと思える関係だけれど、いくら先進的に開かれたエ・ダジーマとはいえやはり貴族社会。礼節を欠いた行動は何かとリスクがあったりもする。

 

 あとキャロルの場合、何か腹に一物あるような場合も様付けしてくるので、ぼくはちょっと身構えた。

 

「昨日、金髪のカワイイ女の子が貴族寮に入っていくのを見たんだけど、何か知らない?」


「なんだ……そのことか」


 もしかするとレイチェル嬢の女子会でノーラが暴露したぼくの性癖に関する話題だったりするのか……と心配していたぼくは心底ホッとした。

 

「知ってるの!? なら教えて!」


「それ、ぼくの妹だよ。エ・ダジーマの試験を受けるためにぼくの部屋に滞在することになったんだ」

「マジで!?」


 それほど驚くことなのか。まぁ、確かに貴族にしか許されない待遇だろうからキャロルの反応が普通なのかも知れない。

 

「絶世の美少女だって噂だよ?」

「もちろん! その噂は間違っていない!」


 ぼくは即断言する。ぼくはシスコンだった。

 

「おぉ!」


 こっそりと聞き耳を立てていたらしい、教室内の雄どもが一斉に反応した。

 

「そっ、そぅ……」

 

 一方、キャロルの反応はちょっと引き気味な感じだった。

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