第83話 妹入学!

 我が妹ミーナは元々からして学業成績は優秀だったが、ぼくだけでなく、レイチェル嬢やクラウスくんまでもが試験対策の勉強を見てくれたこともあって、入学試験の筆記では当年度の最高点を叩き出した。

 

 実技においてもガラム先生やシーク師匠仕込みの実力を発揮し、試験官から感嘆の声が上がっていたという。


 今でも地味なモブ感しかない兄と違って、成績優秀者として入学式の祝辞を務めたミーナは、学校の全生徒から注目されてのエ・ダジーマデビューとなった。


 ぼくの部屋ではミーナのエ・ダジーマ入学を祝って、仲間内でささやかなパーティが開かれていた。


「ということはミーナさんがこの部屋を使って、キースくんは街に移っちゃうんだね」


 妹の祝いに駆けつけてくれたクラウスくんが、少し寂しそうな表情を浮かべる。


「うん。レイチェル嬢の紹介で、サラディナ商会っていう貿易商の二階を使わせてもらうことになったんだ。ここからすぐの場所だから、いつでも遊びに来てよ」


「う、うん。そうさせてもらうね」


 ぼくは学校の許可を得て、貴族寮の部屋を妹に譲り、自分は学校外に部屋を借りてそこから通学することにした。


 貿易商の二階にある部屋を紹介してくれたのは、実のところレイチェル嬢ではなくアルテシア姫だ。


 ピュリフィンシートの製造・販売に関心を持ってくれている姫は、友人である貿易商に製品化についての相談をよく持ち掛けていた。


 そこでピュリフィンシートの開発者であるぼくが、引っ越し先を探しているという話を聞いたアルテシア姫が、貿易商に相談したところ、ちょうど商会の二階が空いているということで、トントン拍子で話が進んで行ったのだ。


「わたし……わたくしでしたらお兄さまと一緒のお部屋でも構わな……構いませんでしたのに」


 謎のお嬢様ムーブにハマっているミーナは、最近でもお嬢尾様言葉を身に着けようと頑張っている。


 ミーナの目指す理想のお嬢様像は、どうやらレイチェル嬢となったらしい。入試の勉強を見て貰ったこともあって、今ではレイチェル嬢のことをお姉さまと呼ぶようになっている。


 ありがたいことにレイチェル嬢の方でもミーナのことを気に入ってくれたらしく、初登校日に行われた早朝のタイガ・マガーテイテヨでは、自ら進んでミーナの身だしなみチェックを行ってくれていた。


 このタイガ・マガーテイテヨの儀式によって、二人は全校生徒公認の姉妹関係を結んだことになる。


「新しいお部屋に移って、ヴィルフェリーシアはその……新しい環境でも大丈夫ですの?」


 レイチェル嬢が目の見えないシーアのことを気遣ってくれた。シーアはレイチェル嬢に軽く頭を下げてから、彼女の質問に答えた。


「レイチェル様、お心遣いありがとうございます。大丈夫です。商会からここまでの道はもう覚えました。それに商会長のサラディナ様が色々と配慮してくださったので、商会の建物内で不自由なことはないと思います」


「そう。それならいいわ。でも何か困ったことがあったら、必ず私に相談するのよ」


「はい。そのように致します」


 再びレイチェル嬢に頭を下げるシーアに慌ててクラウスくんとキャロルが声を掛ける。


「ヴィルフェリーシアさん! ぼくにも困ったことがあったら相談してね!」


「あたしも! 何かあったらあたしに相談してよ、ヴィル!」


 二人の申し出に対してシーアは優しい笑顔で応えていた。


「シーア、よかったね!」


「はい。皆さんからこんなにも心配していただけるなんて、凄く嬉しいです」

 

 本当に嬉しかったのだろう、シーアの銀毛の尻尾がパタパタと跳ね回っていた。


「ふふふ。ヴィルフェリーシアにそんなに喜んでもらえて、わたくしも嬉しいですわ」


 そう言うと、レイチェル嬢はシーアの前に立ち、シーアの手を両手で包み込むように掴んで自分の胸元へと引き寄せる。


 シーアの頬がみるみる紅くなっていった。


 ふぉぉぉぉ!


 銀髪ストレートで長身のシーアを、金髪縦ロールの美少女レイチェル嬢が攻勢に向っている百合構図! これでご飯三杯はイケる!


 いつもは氷の女王としてクールなオーラを纏っているシーアが、レイチェル嬢の真摯なまなざしに溶かされていく様子は、高名な画家に依頼して宗教画としてぜひ残しておきたい場面であった。


「ちょっとキースさま! 変なこと口走ってるけど大丈夫?」


 ふと気が付くとキャロルがぼくの服の袖をクィックィッと引っ張っていた。


 キャロルは二人きりのときであれば、ぼくのことを呼び捨てにするのだが、他の誰かがいる場ではちゃんと「さま」を付けてくれる。TPOを意識できるとても可愛い赤毛の同級生だ。


「あっ、あぁ、ありがとう。二人があんまりにも神々しくて意識が天国に飛んじゃってた」


 こんなことをぼくが言ったとき、以前ならドン引きしていたレイチェル嬢も、今ではなれたもので、


「ふふふ。相変わらずキースはおかしなことを言うのね」


 と軽く流してくれた。


 クラウスくんも、ぼくに生暖かい目を向けてくれている。


 みんな、ぼくのことを理解してくれたようで嬉しいよ。


 でもそれって、ぼくのことを「特殊な性癖を持った人」ってカテゴライズが完了したってことだよね。


 なんて不安を覚えたけれど、


 シーアの尻尾が相変わらずパタパタしているのを見ていたら、そんなのどうでもよくなってしまった。


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