第81話 妹襲来1
この世界における様々な神話の原型を辿ると「天孫降臨」という類型に当てはまるものが多い。
天上の神々が人間を伴ってこの世界に降臨し、元々の原住していた魔族を平定することで世界に文明をもたらしたというものである。
魔族や魔族と人間の交配によって生まれた亜人に対し、ほとんどの人間が持っている偏見の根本はこうした神話が要因となっていることは間違いない。
一方、珍しい例としてアンゴール帝国の「譲りの神話」があげられる。この神話では、地上の主神である聖樹が自ら進んで天上界の神々にその地位を譲ったとされている。
アンゴール帝国では、人間・亜人・魔族間の偏見は比較的少ない。他の国と比べてという条件付きではあるが、それでも三つの種族が混じり合って長らく平和な生活を続けているのは非常に珍しいと言える。
アンゴール人は妖異に対しても、これをただ撃退するのではなく、祭り上げることによって鎮めようとする。いつまでも絶えることのない種族間の戦いに終焉をもたらす重大なヒントがそこにあるのではないだろうか。
――『びっくり世界のミステリー どんとこい妖異編 (シュモネー・メトシェラ著)』あとがきより抜粋
ちなみにボルヤーグ連合王国も、アンゴールほどではないにせよ異種族に対する偏見は他の諸国と比較する限りにおいては少ない方だと思う。
何せ建国神話では初代王となったローランドとその妹ライリーンは狼によって育てられたとされており、一般的にはその狼は狼系の亜人種だったろうと信じられている。
また二百年前に魔王を討ち取った勇者ナインは鬼人族であると言われている。ちなみに鬼系の亜人は、一般的に人間よりもどちらかと言えば魔族に近い存在だとされている。
そしてボルヤーグの長い歴史の中では、亜人や魔族が王国のために戦って命を散らした話は数多くあったりするのだ。
もちろんボルヤーグの人々に偏見がまったくないということではないし、人間至上主義者もいないわけではない。ただ、王国民の一般的な感覚ではそうした偏見を持つことは恥ずかしいことだと考えられているのは確かだ。
「魔族との共存についてアンゴール人がどんな風に考えているのか、シュモネー先生に聞いてみたいけど……」
貴族寮の部屋で読書をしていたぼくはシーアの膝から降りて本を書棚に戻す。
「あの日以来、シュモネー先生どこかに行ったきりだしなぁ……」
シーアの耳がピクッと動いた。
「坊ちゃま、馬車が到着したようです」
「とうとう来てしまったか……」
しばらくするとトットットッと廊下を走る小さな足音が聞こえてきた。
「ノーラ! ノーラ! こちらの部屋でいいのかしら?」
シーアが部屋のドアを開くと、階段の方に顔を向けて大きな声を出しているミーナの姿が見えた。
ミーナはシーアの姿を認めると満面の笑みを作り。シーアに飛びついた。
「シーア! 会いたかったわ!」
「わたくしもです! ミーナさま!」
二人はガシッと音が聞こえてくる程の勢いで抱き合った。
「しばらく見ない間にすっかりレディになったね。見た目だけは……」
ぼくが声を掛けるとミーナは青い瞳をキラキラさせながら、今度はぼくの方に飛びついてきた。
「お兄さま! 久し……お久しぶりでございますわ!」
ミーナは額をぼくの胸にぐりぐりと押し付けてくる。これは頭を撫でろという暗黙の命令だ。
ぼくはミーナの金髪サラサラヘアをなでなでして妹の命令を忠実に実行する。
「キース! 少し見ないうちに男前になったなぁ」
ガラム先生がミーナの大きな荷物を両手と背中に抱えて部屋に到着した。
「先生! お久しぶりです……ってミーナ! 先生に荷物持たせて何してるの!?」
「えっ!? あ、あの……そ、その……」
ミーナが顔の前で指を組んで目を泳がせる。可愛い。
「いや、キース。俺がミーナの荷物を持たせてくれるようお願いしたんだ。素敵なレディの為に働くことができるのは、男として栄誉なことだぞ」
ミーナが両手を広げてわずかに腰を落として先生に礼を述べる。ちょこっと顔を傾げる仕草が超可愛い。
「ま、まぁ……先生がそれで良いというのならいいのですが……」
続いてノーラがやはりミーナの大きな荷物を両手に抱えて部屋に到着。
「お、お嬢様……ハァハァ……お荷物……ハァハァ……お持ち……しました……」
毎日、エ・ダジーマとシーク師匠の実家を往復して足腰を鍛えているノーラが息切れしている。どんだけ大荷物なんだ我が妹。
「と、とりあえず休憩しない? シーア、みんなにお茶を出してあげて」
「かしこまりました」
「ごめんヴィル、ちょっと休ませて……」
そういってノーラがソファの上に倒れこむ。
「大丈夫。ノーラは休んでて」
シーアが淹れたお茶を飲んで一息つく頃には、ノーラも回復してミーナを膝の上に乗せてソファに腰かけていた。
ぼくがシーアの膝の上に座るという習慣は、こうして妹や弟にも引き継がれている。このままだとロイド家の奇習として代々受け継がれていってしまうかもしれない。
ちょっと心配になってきた。だが止めるつもりはないし、ミーナやハンスに止めるよう言うつもりもないけどな!
「それでミーナ、エ・ダジーマに入ることに決めたんだね」
ミーナがそう決めていたことは知っていたけれど、一応は聞いてみることにした。
「もちろん!……ですわ! それでお兄さま、わたし……わたくし、試験を受けるまでこちらに居させていただこうと思いますの!」
「えっ!? 今回は下見じゃないの?」
ちょっとちょっと、聞いてない! 聞いてないよ!
焦ったぼくがガラム先生やノーラに目を向けると、二人ともサッと目を逸らした。
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