第80話 魔術師の行方

「ただ、わたしも五人の魔術師たちについて知っていることはそれほど多くはありません」


 そう言ってマリーネがぼくの目を覗き込む。ぼくは軽く頷いて応えた。


「彼女の【見る】を奪ったヴィドゴニアにつながる手掛かりが、何かひとつでも見つかればと思いますが……」


 マリーネがシーアの目を覗き込みながら話を始めた。


「悪魔勇者についてはキースもご存じですよね」


「はい。魔神が異世界から呼び出した魔族側の勇者と授業で習いました」


 本当のところ、ウルス王の記憶があるのでもっと知ってはいるのだが黙っておく。


「魔王は勇者にしか倒せないと言われていますが、これは魔王が悪魔勇者だったときに限ってのことだと思われます。実際、大陸史上で魔王を名乗る魔人が勇者でないものに討ち取られた例は幾らでもありますから」


 そう言えば、歴史の授業でアンリ先生がそんなことを言ってたような気がする。


「その悪魔勇者を召喚する儀式は非常に恐ろしいものです。タイタス王国の魔術師たちは儀式のために三千人を超える人間を、この儀式のために殺害したことが分かっています」


「さ、さ、三千人!? そんなことして反乱は起きなかったのですか?」


 生贄というと魔法陣の上に裸の美女が縛られている絵面しか思い浮かばなかったぼくには衝撃的だった。


「いえ、タイタスの魔術師たちの場合、毎日一人のいけにえを何年にもわたって捧げ続けていたようです。彼らは権力を使って主に貧民層や奴隷から生贄を選んでいました。魔術師たちの所業を全ての民が知ったのはタイタス王国が滅んで後のことだったようですね。それに……」


 マリーネが目を細める。


「生贄のすべてがタイタスの国民であったとは限りません。悪魔勇者の出現を望む者は大陸の至る所に存在しており、儀式の支援を行う組織の存在も確認されています」


「混沌信仰……」


「よくご存じですね。タイタスの魔術師たちのように権力者の中にも混沌信仰を持つ者はいます。彼らの中には生贄を提供することによって混沌勢の中での地位を得ている者もいるのだとか」


 有力貴族が管理しているギルドが魔族と手を組み、ダンジョンに入ってきた新人冒険者を罠にかけ、生贄として供給していたなんて事例も報告されているらしい。


「儀式の内容は様々で宗派や地域によっても異なるようですが、生命力の強い者を生贄にすることでより強い悪魔勇者が召喚できると信じられているみたいです」


 そう言ってマリーネはシーアの方をチラッと見た。シーアの手がピクッと動く。


「特に生命力が強い白狼族の子どもは混沌信者に狙われやすく、新大陸では白狼族を専門に扱う奴隷商がいるとも聞いている」


 シーアがぼくの手をギュッと握ってきた。ぼくはシーアの手を繰り返し撫でる。


「それで五人の魔術師たちですが……」


 マリーネがぼくたちの手に視線を注いだまま話を続ける。


「彼らの所業を恨みに思う人々によって作られた組織『復讐と裁き』によって処刑されました。連合王国も彼らのために資金を提供し、魔術師たちを捉える際も支援を行っています」


「実際に処刑の場に立ち会った人は今も王宮にいますか?」


「近いうちに彼らから話を聞く機会を作ってあげましょう。正直な話、わたしが知っているのは彼らから聞いた報告以上のものではないですからね」


 マリーネによると、五人の魔術師のうちの一人は、他人の身体を乗っ取りながら生命を永らえる転魂術を使っていた。

 

 その魔術師は処刑の際に、魔術式が砕かれてしまったために完全に消滅したということだ。つまりヴィドゴニアになったとしたら残り四人の魔術師たちということになる。


 マリーネからはそれ以上の手掛かりを得ることはできなかったけれど、五人が四人に絞り込めただけでも大収穫と言えた。


 それに混沌信仰が権力者たちに食い込んでいることや、悪魔勇者の召喚儀式に白狼族の子どもが狙われやすいということも貴重な情報だ。


 シーアの生まれ故郷が海賊に襲われ、シーアが奴隷商に囚われていたのは、もしかすると召喚儀式に関係していたのかもしれない。


 少なくとも、白狼族を狙う海賊とそれを買い取る奴隷商というルートが存在する以上、混沌信仰者が何らかの形で関与していることは間違いないだろう。


「貴重なお時間をぼくたちのために割いていただきありがとうございました」


 ぼくとシーアがマリーネにペコリと頭を下げた。


「いいえ。お二人のお役に立てたのなら喜ばしい限りです。あっ、最後にひとつ、興味本位でヴィルフェリーシアさんにお伺いしたいのですが……」


「何でしょうか?」


 シーアが頭を小さく傾ける。


「白狼族の方はとても独占欲が強くて、浮気したパートナーや浮気相手は非常に残酷な運命を辿ると聞いたことがあるのですが、その噂は本当なのでしょうか?」


 いきなり何てことを言い出すんだマリーネ! いま綺麗にお別れできる場面だったろうが!


「子どもの頃の記憶しかありませんが、浮気相手を爪で引き裂いたとか、浮気した夫の……その……あの……切ったとか……怖い話は聞いたことがあります」


「ひぃぃ!?」


「どうしてキースが怖がる必要があるのです? 何か心当たりでも?」


 ぼくは首を左右に振った。


「ではまた会いましょうね。キース、今度はわたしのお尻を狙わないように気をつけなさい」


 こうしてぼくたちはマリーネと別れた。




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