第79話 宮廷魔術師長

 ぼくとシーアはアルテシア姫の紹介で宮廷魔術師長マリーネと面会するために魔法省を訪れた。


「あなたがキーストン・ロイドですか。そして隣のあなたがヴィルフェリーシアですね。アルテシアから色々と話は聞いていますよ」


 宮廷魔術師長マリーネはその姿も声も以前と全く変わっていなかった。ハーフエルフの彼女は普通の人間よりも寿命が長い。ぼくはそのことを改めて思い知った。


 それよりもまずかったのは、ウルス王時代の癖がもう少しで出掛かったことだ。


 宮廷の女性たちからはセクハラ魔王ジジイとして名を馳せていたウルス王は、久々に再会した女性のお尻を撫でる……いや撫でまわすことでも悪名を轟かせていた。


 マリーネがあんまりにも変わっていなかったので、ぼくの右腕は無意識にマリーネのお尻方向に3cmほど動いていた。


「!?」


 咄嗟に腕を止めることが出来たのは、シーアが掴んでいるぼくの二の腕がギュッと握られたからだった。


「なっ!?」


 マリーネは一瞬ビクッとなってお尻を防御する態勢を取っていた。


「き、キーストン・ロイドです! は、はじめましてぇぇ!」


 慌てて挨拶をするぼくをマリーネは訝し気な視線で見つめる。


「なるほど、アルテシアの言う通りですね。どことなく先王陛下と同類の匂いがしますね」


 そう言ってマリーネはぼくに近づいて顔を覗き込む。


 マリーネの緑色の髪からは、昔から彼女が愛用している香水の匂いが漂ってきた。ぼくは懐かしさを覚え、思わず泣きそうになる。


 マリーネは前世のぼくが死ぬ間際まで、近衛騎士長のエルヴァスと共にぼくを助けるために力を尽くしてくれた。死に別れ際の彼女の悲しそうな表情を思い出すと、今も胸が締め付けられる。


「ふむ……まるで生まれ変わりのような……。しかし、先王が転魂術などに手を染めるはずもありません」


 ドキッ! と心臓が跳ねる。ぼくは思わず目を泳がせてしまった。


「坊ちゃまは、それほど先王さまと似ていらっしゃるのですか?」


 シーアが良いところで質問を入れてくれた。


「ええ。見た目はまったく違いますが、振る舞いというか佇まいが似ていますね」


「う、ウルス王のことは尊敬しておりまして、その、ずっと色々な人から話を聞いたり、本を読んでまして、その少しでも先王のようになれたらなぁってずっと考えていたので」


 めっちゃ早口になってしまった。


「ふむ。あなたが公衆衛生について語るときは、まるで先王そのものだとアルテシアも言ってましたよ。よく勉強されて先王の考え方が身に付いておられるようですが……」


 そういってマリーネはぼくの右腕に目を向ける。


「でも、わたしのお尻を触ろうなんて、そんなことまであのセクハラ魔王ジジイから学ぶ必要はありませんよ?」

「痛っ! ちょ、シーア! 痛い痛い、腕が痛い!」


 シーアが容赦ない。お尻なでなでなんて単なるコミュニケーションじゃないか! というか、ぼくは触ってないし、未遂だし!


「 痛い痛い! シーア痛い! ごめんなさい! 反省してます! 」


「ふふっ。どうやら先王と同じくあなたにもしっかりとしたお目付け役が付いているようですね。ほんと、そんなところまでそっくりだなんて!」


 マリーネが声を上げて笑いだした。彼女の笑い声なんて本当に久しぶりに聞いた。泣きそう。というか泣いてたわ。


「そしてあなたがヴィルフェリーシアね。もうその辺にしておいてあげなさい。キースから話も聞きたいですし」


 マリーネも涙を拭っていた。もちろん彼女の涙は笑い過ぎたことが原因なのだが、笑われたぼくとしては全くもって嬉しい限りだった。


 もしこのままホノイスやヴァルクといったかつての息子たちやエルヴァスに会ってしまったら、自分がウルス王の生まれ変わりだったと告白しかねない。それほど感情が揺さぶられていた。


 まぁ、実際は告白なんてしない。


 そもそもウルス王時代にやらかした色々なことを引き受けるつもりは毛頭ない。ぼくがぼくである限り、前世でやらかしたことは全てウルス王のせいにできるからな!


 というわけで、ぼくはマリーネにピュリフィンシートのプレゼンテーションと量産体制の構築についての相談をした。


 ウルス王から公衆衛生についての持論をたっぷりと聞かされていたマリーネは、ぼくの意図するところを正しく汲み取り、そしてその全てに協力してくれることを約束してくれた。


「本当に驚きです。公衆衛生の考え方については、あなたがウルス王の生まれ変わりだと言ってもわたしは疑いませんよ」


「お、お褒めに預かり、こ、光栄至極です!」


「ふふふ。公衆衛生の話じゃなければ、年相応の男の子といったところですね」


 マリーネが優しく微笑んでくれた。


「それでキース。ピュリフィンシート以外の件でも何かわたしに相談があるとか?」


「はい。タイタス王国の魔術師たちの行方について……」


 それまでの空気が一瞬にして固く重たいものへと変化するのを感じた。ぼくだけではない。シーアも同じようだった。


「タイタス王の宮廷魔術師たちのことですか? タイタス王なき後、彼らは行方不明に……という当たり前の話を聞きたいわけではないようですね」


「はい。ぼくはその魔術師たちがヴィドゴニアとなってシーア……ヴィルフェリーシアの【見る】を奪ったのだと考えています」


 ぼくはマリーネの目をまっすぐに見つめて言った。


「なるほど……わかりました。ではわたしの知っている限りのことを話しましょう」




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