第62話 アンゴール流

 ぼくとシーア、そしてシュモネー先生は馬車に揺られていた。


「まさかヴィドゴニアに直接会うことになるなんて……」


 ぼくたちがクエストの途中で見かけたヴィドゴニアについて、シュモネー先生は詳しく調べてくれていた。それだけでなく会って話までしていたらしい。


「彼女の名前はフォン・ノエイン。今はカサノバク男爵の元に身を寄せています」


「そのヴィド……フォン・ノエインという方はどうしてヴィドゴニアになったのでしょうか? どうして今は男爵のところに?」


「彼女がヴィドゴニアになってしまった理由は、わたしの口からは語れません。本人から聞いてください。男爵のところに至った経緯についてはお話できますよ」


 ヴィドゴニアという言葉にシーアが微かに身体を震わせる。ぼくがシーアの手を強めに握って彼女を落ち着かせようとすると、シーアは隣に座っているぼくを自分の膝の上に載せ後ろから抱きしめてきた。


 シュモネー先生の目がジトっとしつつあるが、こればっかりはどうしようもない。


 シーアがぼくの後頭部に鼻を埋めてクンクンし始めたころを見計らって、シュモネー先生に話を続けてもらった。


「結論を言えば、先々代のカサノバク男爵がアンゴール流の対処に成功したということになります」


「アンゴール流?」


「アンゴール帝国では荒ぶる存在に対し、これを祀り上げることによって鎮めるという手段を取ることが多いのです。これは授業でもお話しましたよね」


 カサノバク男爵のご先祖がどういう経緯かアンゴールのやり方でヴィドゴニアを鎮める方法を知り、それを実践したということか。


「カサノバク男爵からお話をお伺いする限り、おそらくアンゴール人から祀る方法について教えを受けたものと考えられます。その手順を聞いたところ、ほぼアンゴールの方法と同じでしたから」


 シュモネー先生が一旦シーアの方に目を向ける。シーアの精神状態が落ち着いていることを確認すると再び話を続けてくれた。


「先々代のカサノバク男爵が領内にヴィドゴニアが現れたという報告を受け、討伐に向かおうとしていたところに、たまたま男爵家に逗留していたわたし……わ、わたしと同じアンゴール人が男爵に助言したみたいですね」


 いま「わたし」って言ったか?


「コホン。男爵はアンゴール人の助言に従い、荷馬車に一杯の供物を積んでヴィドゴニアのところに向かいました」


 山深い場所でヴィドゴニアと遭遇した男爵は、アンゴール人から教わった祝詞を唱える。それなりに長い祝詞ではあるが、その内容を要約すれば「鎮まり給え」ということらしい。


 当然、何かを願えばヴィドゴニアはそれを叶える代償に、願う者に対して大事なものを寄越せと要求してくる。しかも大抵の場合、過剰な要求を際限なくしてくる。


 男爵がアンゴールの祝詞を繰り返す中、ヴィドゴニアから何かを寄越せと言われる度に荷馬車に積んだ供物を投げ与えた。


 次々と供物を与えてるがヴィドゴニアの要求は一向に収まることはなく、ついには荷馬車が空になる。男爵は荷馬車を与え、馬を与え、身に着けている鎧まで与えた。


 この頃になると、禍々しい異形の魔女はほぼ人の形を取るようになっていた。いよいよという段になって、男爵は右腕で宝剣オースイーターを抜く。この宝剣は、彼を男爵に成らしめた名剣だった。


「我が至宝をこの右腕と共にくれてやる!」


 その瞬間、男爵の右腕の肘から先の部分が消える。朦朧とする中、何とか右腕の上部をロープで止血し終わったところで男爵は意識を失った。


「ふたたび目が覚めたときには、目が覚めるような美人のフォン・ノエインに膝枕されていた……ということのようですね」


「なるほど……あのおっぱ……痛っ!」


 ぼくがフォン・ノエインの巨乳と太ももでおっぱいサンドされている先々代男爵の姿をイメージして「ぐふふ。なかなかよさそうですな」と思った瞬間、ぼくの後頭部をシーアが噛んだ。甘噛みではあるけれど牙がちょっと痛い。


 シュモネー先生の話に夢中になって、シーアと密着していることをぼくは忘れていた。手をつなぐだけでもかなりの意思疎通ができるのだ。


 これがシーアの膝に乗って抱きしめられ、後頭部をクンクンされている状態ではぼくの感情の動きはほぼシーアに筒抜けになっていると言っていい。まぁ、ぼくの方もある程度はシーアのことがわかるということでもあるけれど。


「とにかくシーアが一番だからね!」

「はい!」


 パタパタパタパとシーアの尻尾が揺れる。


 スキル【シーアのご機嫌取り】に関して言えば、ぼくはもはやミスリルクラスと言っても良いのではないかと自負している。


 いまだってシーアの手をニギニギしながら一言添えるだけでシーアのご機嫌度はMAX状態になっている。あまりにもチョロ過ぎて若干の不安を感じないこともないけれど、まぁ問題ない。


「……」


 気が付くとシュモネー先生が死んだ魚の目でぼくを見ていた。


「もうすぐ到着です。男爵邸には三泊する予定ですので、その間に男爵とフォン・ノエインからじっくり話を聞かれると良いですよ」


「わかりました。それでシュモネー先生、質問があります!」

「はい。キーストンさん、質問をどうぞ」


「フォン・ノエインは先々代の男爵によって鎮められたんですよね」

「そうです。きちんと話を聞いてくれていたようで先生は嬉しいです」


「それではフォン・ノエインっていま何歳なんですか?」


 質問をした瞬間、シュモネー先生の眼光が鋭くなる。


「キーストンさん……」

 

 シュモネー先生が笑顔で顔を寄せてくるが、ちっとも笑っているように感じられなかった。笑顔の圧が凄い。


「は、はい?」


「女性に年齢を訪ねるのはマナー違反ですよ?」

「は、はぁ……」


「マナー違反で・す・よ?」


念を押された。




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