第63話 八尺様(エロ同人系)

 カサノバク男爵の邸宅前では、男爵自らがぼくたちを出迎えてくれた。


 男爵は小太りの人の好さそうな叔父さんという見た目ではあったけれど、筋肉の付き方と身のこなしが未だに現役の騎士であることを示している。


「フォンはすぐに参りますので、まずはお荷物を部屋に運んでしまいましょう」


 ぼくたちが荷物を運び終えて客間でくつろいでいると、男爵が大柄な女性を伴って戻ってきた。


「紹介します。これがフォン・ノイエン。我が祖父が出会った元ヴィドゴニアですな」


 男爵が『元』という部分を強調する。


「フォンと申します」


 フォンが微笑む。フォンは長い黒髪と陶磁のような白い肌をした長身の女性でシーアよりも背が高かった。細身の身体を包む白いドレスの胸元には見事な双丘が張り出しており、その大きさを強く主張している。

 

 普段のぼくであれば鼻の下を伸ばしているところだったけど、フォンの切れ長の瞳の中に浮かぶ青白い炎が、ぼくの脳裏に恐ろしいヴィドゴニアの記憶を呼び覚ます。身体が緊張でこわばるのを感じた。


 シーアはぼくの手を一瞬強く握った後、ぼくをかばうようにしてフォンの前に出た。シーアが恐怖で震えているのが手から伝わってくる。


「ヴィルフェリーシアさんですね」

 

 フォンがシーアを見て言った。それは優しい口調ではあったものの、シーアはただ身体をこわばらせるだけだった。


「そしてキーストン・ロイド様。はじめましてフォン・ノエインです」


 フォンがぼくに向かって挨拶する。ぼくはといえば、シーアが怯えると反射的に心が無敵モードに入るので、もうフォンを恐れていなかった。膝は少し震えてるけど。


「はじめまして……ですよね。フォン・ノエインさん」

「どうぞフォンとお呼びください」


 そう言って優雅にお辞儀をした後、続いてフォンはシュモネー先生に顔を向けた。


「こ、これは守護者様、先日振りでございます」


 フォンが深々と頭を下げる。んっ? フォンが怯えている?


「そう固くならないでください。この二人が先日お話したです。彼らによくしてあげてくださいね」


「え、ええ、ええ、もちろん、もちろんですとも」


 明らかにフォンはシュモネー先生を怖がっているようだった。ぼくたちの保護者がヴィドゴニアより強いとなれば心強い限り。そうなってくると、人としての本質が小物のぼくはたちまち強気になる。


 恐怖から完全に解放された状態でフォンを眺めて見れば、ただのおっぱい美人だったよ。加えて人間の女性とは明らかに異なる妖しい雰囲気が、彼女の神秘的な美しさを際立たせていた。


 何か記憶に引っ掛かると思ったら、鹿島要だった前世のときエロ同人誌で見た八尺様だ! さすがに八尺様ほどの身長ではないけれど、この場にいる誰よりも背が高いフォンはそのイメージにピッタリと重なっていた。


 確かそのエロ同人誌では八尺様はショタコンだった。そして現在のぼくもショタだ。エロ同人誌では八尺様はショタにあんなことやこんなことを……ハッ。


 気が付くとフォンからぼくをかばうように立っていたはずのシーアが、首をぼくの方に向けてジト目で睨んでいた。


 ジィィィィィ。


「えっと、その、あれだ! とにかく座ろう! 座りましょう! 座りませんか?」 


「そうですね。庭にお茶を用意しておりますので、皆さんそちらでお話することにしましょう」

 

 カサノバク男爵の提案でぼくたちは庭に移動することになった。庭に出る際、男爵と目が合い、彼はパチッと片目を瞑ってみせた。どうやらぼくを窮地から救ってくれたらしい。


 ただ庭まで移動する際、シーアに掴ませていたぼくの二の腕はぎゅっとつねられたままだった。きっと赤く腫れているに違いない。かなり痛かったしな。


 とは言え、いつの間にかシーアもフォンに対して恐怖を感じることはなくなったみたいだ。


 ぼくたちは広いベランダに出てまずはお茶を楽しんだ。お茶は大変おいしかった。お菓子も見た目は素朴な感じだけど、どれも超うまい。特にスコーンがぼくの心をがっつりと掴んだ。


「どうです? 美味いでしょう? すべてこの領地でとれた素材で作られています」


 男爵がドヤ顔をぼくに向けて言った。うん。確かにドヤ顔するに足るおいしさだ。このスコーンはなんとしても持ち帰ろうと心に誓っていた。


「すべて彼女のおかげなんですよ」


 男爵がフォンの方を向いて言った。フォンは静かに微笑んで僅かに顔を下げる。


「元々わたしは聖樹教会の修士で、あの山の麓で大地に豊穣をもたらす研究をしていました」


 そう言ってフォンは遠くに見える高い山のひとつを指さした。


「まずはわたしがヴィドゴニアになった理由からお話しましょう」


 そう言うとフォンは手に持っていたティーカップを静かに下した。


 フォンは魔力を使って農作物を育てる研究を行っていた。聖樹教会は、女神ラヴェンアはゴンドワルナ大陸を創った際に、まず最初に聖樹ミスティリナを植えたとされている。


 聖樹教会の教えによると、この大陸における命はそのミスティリナから生まれ、ミスティリナによって育まれてきた。聖樹ミスティリアは女神ラヴェンナの最初の子であり、この大陸に豊穣と恵みをもたらそうとする女神の意志そのものなのだ。


 大地を豊かにして農作物を育てることは、聖樹ミスティリアを通して女神の意志をこの世に表現する尊い行いと考えられている。


 フォン・ノエインは聖樹教会の教えを忠実に実行していたのだ。彼女は研究の成果を惜しげもなく人々に伝え、その成果によってカサノバク男爵領も豊作に恵まれるようになっていった。


 先々代のカサノバク男爵はフォン・ノエイン修道士に感謝を伝えるために彼女の元を訪れた。これがヴァン・カサノバクとフォンとの最初の出会いとなる。


 その後、ヴァンは頻繁にフォンの元へと通うようになった。そして二人の出会いから五度目の冬が過ぎたとき……


「ロバートとアデラインが生まれました」

「えっ、親父!?」


 カサノバク男爵が目を丸く開いて口をパクパクさせている。


 なにかぼくたちには直接関係のないところで、トンデモない話が展開されそうな予感がする。


 わくわく。




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