第58話 さすがは大人

「お二人の覚悟は分かりました」


 シーアが淹れたお茶を口元に運びながらシュモネー先生が言った。墓場での死闘しごきの翌日、ぼくらは街道商人護衛の単位クエストを終えて無事にエ・ダジーマに戻った。


 今はシュモネー先生をぼくの部屋にお招きしてお茶がてら、ヴィドゴニア対策について相談しているところだ。


「いくらヴィドゴニアを敵視しているとはいえ、短兵急に戦いに向かうというのは関心しませんね」


「でも……」


「キーストンさんがヴィドゴニアと戦って勝てるかというのも疑問ですが、そもそもあなたが見たというヴィドゴニアはヴィルフェリーシアさんの【見る】を奪ったヴィドゴニアだったのですか」


「いえ、それは……分かりません」


 初めてヴィドゴニアに出会って頭に血が上ってしまい、そんな当たり前のことに気が付くことができなかった自分に今更ながら呆れた。


「お話では貴族の馬車に乗っていたということですが、そうだとしたらそのヴィドゴニアは貴族と何らかのつながりを持っていると考えていいでしょう」


 シュモネー先生がティーカップを下して、ぼくの目をじっと見つめる。ぼくに考える時間を与えてくれているのだろう。


「だとしたらやっかいだな……」


「そうです。飢えたヴィドゴニアと満たされたヴィドゴニアでは全く別の存在と言ってもおかしくないほどの違いがありますよ。後者に対して、それが魔物だからという理由だけで討伐してしまえば予想外の問題を生むかもしれません」


「確かに……馬車に乗っていたヴィドゴニアは見た目はほぼ人間だったし、身なりも綺麗で大事に扱われているようでした」


「そんな相手をいきなり剣で貫いて倒したとして、何の準備もなくその正当性を主張することがどれだけ大変なことか分かりますか? それに、そのヴィドゴニアが目的の相手でなかった場合、彼女を保護している貴族とは完全に敵対することになりますよ」


「むぅ……一体どうすれば……」


 頭を抱えるぼくを見てシーアが後ろに立って肩を揉んでくれる。ぼくは頸を後ろに倒して後頭部でぽんぽんとシーアのおっぱいを堪能する。うん、癒される。


 気が付くとシュモネー先生のジト目がぼくに向けられていた。


「はぁ……。まぁ、色々考えたり、準備したり、そして今よりもっと強くなるための時間が必要だということを、先生として、大人として言いたいわけです」


「急いてはことを仕損じるか……確かにシュモネー先生の言う通りですね」


「……もしかして、ヴィルフェリーシアさんの胸部を堪能するあまり、考えるのが面倒くさくなってます?」


「それはその通りですが、今はあのヴィドゴニアについて調べるにはどうすればいいのかなって考えてます」


 シーアがぼくの頭をいいこいいこして撫でてくれる。いかん、このままでは気持ちよすぎて眠ってしまうかもしれない。シュモネー先生のジト目がさっきから酷いことになっている……が気にしない。


 そういえばあのヴィドゴニア……かなりの巨乳だったな。ぼくの意識がその眼に集中していたから、顔をはっきりとは見てないけどかなりの美人だったような……。


 ガシッ!


 突然シーアがぼくの頭を両手で強くがっしりと掴む。ちょっ、何!? 痛いかも!? 指先でぼくの頭皮をゴシゴシする。


 やめて! 大事な頭髪にダメージ与えないで! そんな強くしたら禿げる! 禿げちゃうぅぅ!


「そのヴィドゴニアの調査については先生に任せてください」


 シュモネー先生の言葉にぼくは驚いた。シーアの手も止まる。


「いいんですか? どうして手伝ってくれるんですか?」


「まず先生として、あなた方を放置しておくとどこかで暴走してしまうのではないかと心配しています」


「大人としては?」


「あなたたちの手伝いを建前にして、ヴィドゴニアの生態について徹底的に調べて新刊のネタに……」


 シュモネー先生の目がきらきらと輝いていた。なんだろう――凄く納得した。


――――――

―――

 

 お茶会が解散してシュモネー先生が帰った後、ぼくはシーアをソファに座らせてそのふとももに頭を載せて横たわった。


 見上げるとシーアの大きなおっぱい。ぼくはシーアのふとももとおっぱいサンドを楽し――これからのことを真剣に考えていた。

 

 シュモネー先生はシーアの【見る】を取り戻すことも含めて、今後はぼくたちに協力してくれるようだ。大人の知恵と力が借りられるのは頼もしい限り。


 いやまぁ、ぼくも中身は大人だし、もっといえば前世じゃ王様だったんだけどな。


 普段から子供のフリのようなことをしているので、いつの間にか考え方も子供の範疇に収まっていたのかもしれない。


 前世で大人だったときの自分であれば「ヴィドゴニアを倒したら全てが解決ハイ御終い!」なんて単純な話には考えなかったはずだ。


「シーア……」


 ぼくはシーアの手を取ってそれを自分の顔に押し付ける。


「シーアは、ぼくがヴィドゴニアを追うのが今でも嫌?」


「……わたしは坊ちゃまを失うのが怖いです」


 シーアの手を口元に運び、ひとつひとつの指先に口づけをする。行動に意味はない。ただシーアの指がとてつもなく大事に思えただけだ。


「それでもぼくは必ずシーアの【見る】を奪ったヴィドゴニアを見つけて倒すよ。そしてシーアの【見る】を取り戻すんだ」


「……」


 シーアは無言のままだった。


「でもね。無茶はしない。シュモネー先生の言う通り、ぼくには考えも、準備も、力も足りない。だからしっかり考えて準備を万全にする。シーアの不安が消し飛ぶくらいちゃんと力を付ける。それでいい?」


「……」


 シーアが上体を倒しておっぱいでぼくの顔を圧迫する。ちょっと息苦しいけどシーアの柔らかさと匂いに包まれ、幸せ感がめちゃくちゃヤバイ。幸せ過ぎてぼくが窒息する少し前にシーアは身体を起こした。


「坊ちゃまの望むままに……」


 ぼくが乳息――じゃなくて窒息する直前、シーアがそう言ったのを聞いたような気がした。


 そのまましばらくシーアは無言でぼくの頭を撫で続け、やがて夕食の準備のために部屋から出て行った。




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