第57話 (サイド物語)宝くじ勇者

 その日はオレの人生史上最高の日だった。


「マジかよ……TOLO7 10億円当たっちまったよ……」


 何度も見直した。それでも信じられなかったので、テレフォンサービスに電話して何度も何度も番号を読み上げてもらった。


「(どうやら本当に当選しているらしい)」


 と認識した時点で体中から力が抜けて、思わず漏らしてしまいそうになる。


「(いや、もう漏らしてもいいんじゃね? だって10億円だよ?)」


 うん。そうしようと決断する前に、オレは喜びに突き動かされて思わず絶叫する。


「やったぜぇぇぇぇぇ!」


 オレは腹の底から声を上げ大絶叫した。心臓が早鐘のように脈打つ!


 ドクン!ドクン!


 ドクン!ドクン!ドクン!


 ドクッ!?


 ツー…………。


――――――

―――


「ようこそ天上界へ。あなたはこれから勇者として生まれ変わり魔王を倒すのよ」


 コスプレっていうの? 凄くエロい服を着た赤毛の女性がオレに何か言っている。


「……というわけで、魔王を倒した暁にはあなたの願いを何でも叶えてあげるわ」


 ん……なんだろう。宝くじ当選者向けのサービスか何かかな。といっても、まだ誰にも当選のことは話してないけど。あっ、テレフォンサービスのお姉さんに話したっけ。えっ? あれだけでもうこんなサービスが? そんなに情報社会って進んでたの?


「それと、異世界に持っていきたい武器やアイテム、スキルがあればなるべく希望に沿うようにするわ。言ってみなさい」


「い、異世界? なんの話?」


「わたしの話聞いてなかったの! もういいわ! なんか持っていきたいものがあれば聞いてあげるからいいなさい! いますぐ!」


「そんなこと急に言われても!? えっ、それならこの当選した宝くじかな」


 俺は手に持っていた宝くじを確認しようと手元を見た。


「なっ、ない!? 宝くじがない!?」


 動転するあまり自分の手や身体そのものさえないことに、オレはすぐに気づくことができなかった。


「いやまてオレの身体どこいった!? いやそれよりもオレの当選くじは!?」


「もう、いちいちうるさいわね! 魔王を倒したら話を聞いてあげるから、とっとと行きなさい!」


 どこからともなく、ゆっくりボイスによるカウントダウンが聞こえてきた。だんだんと体が――ないけど感覚的に下方向へ落ちていく。


「3……2……1」


 ちょ、ちょ、オレの当選くじ! 宝くじ! 10億え――――。


 足元の遥か先に見える地球のような青い惑星にオレはなすすべもなく落下していった。


――――――

―――


 あれから三か月……。


 オレはドラヴィルダという異世界にあるミコラシア大陸に勇者として転生した。転生と言っても、二つの魂が入れ替わった感じのやつだ。ある国の将軍の息子が魔王軍との戦いで大怪我を負って天に召された。ちょうどそのタイミングでオレがその身体に入ったわけだ。


 入れ替わった瞬間、身体の大怪我もいつの間にか完全に治癒していた。血まみれで倒れた息子が一瞬にして全快していたわけだから、将軍をはじめとして周囲の誰もが驚愕した。この奇跡は瞬く間に全軍に知れ渡り、味方の士気は高まり、敵はひるんだ結果、戦況は一気に勝利へと傾いた。


 その時のオレは何が何だかわからないまま困惑していた。将軍の息子としての記憶はあるが、それはまるで他人事のように感じられ、オレはオレという確固たる意識を持っていた。記憶にはあるけれど見知らぬ土地、見知らぬ人々、聞きなれない言葉。もしオレの手に宝くじという、確固たるオレの存在証明がなければ、もしかするとそのまま狂気に陥っていたかもしれない。


 宝くじが、オレを正気に保たせてくれた上、赤毛の女神とのやりとりを思い出させてくれるきっかけになった。それでも、オレ自身が本当に異世界に転生したことを理解するのに数日、受け入れるのにひと月掛かってしまった。


――――――

―――


 状況を受け入れた後のオレの行動素早かった。自分に勇者の力が備わったことを王に伝えるとあっさりと信じてくれた。これは父である将軍が厚い王の信頼を受けていたからだろう。その日のうちに、勇者の武具が収められている試練の塔に入ることを許されたオレは夕食が始まる前には勇者装備を着けて王宮へ戻った。


 次の日から破竹の大進撃が始まる。勇者の能力は凄まじく、攻撃のほとんどがMAP兵器クラスだ。瞬く間に魔族の支配地域は後退していき、ついには魔王国を残すのみとなった。

 

 とにかく急がねばならなかった。なぜなら……、


「宝くじの当選金引き換え期間は1年以内だからな!」


 オレはパーティの仲間たちに魔王と決戦する決意を告げた。


「おぉ! そうだな!」 褐色のビキニアーマー美少女剣士が同意する。

「さすが勇者様ですぅ!」 金髪巨乳の美少女魔術師が褒める。

「(こくこく)」 メカクレ美少女治癒術士が伏目がちに見ながらうなずく。

「勇者さまにどこまでもついていくニャ!」 大事な部分だけふわふわしたもので隠されている《ウサ耳》の拳闘士がガッツポーズを決める。なんでその語尾なんだよ。

「あなたの背中はわたしが守る……」 金髪で目が切れ長のエルフ美少女が弓を掲げる。


 恐らくオレの本心がわかっていないであろう彼女たちは、ここ数ヶ月に渡る厳しい冒険の中で互いに助け合いながら共に戦ってきた仲間だ。最初は男もいたような気もするが、いつの間にか異性だけになってしまったのはアレだろう、勇者転生のお約束なのだろう。

 

 そして、そう、これ、これだよ、この夢のハーレム展開。オレ、元の世界に戻って10億円手に入れたら、金にモノを言わせてこういう美少女ハーレム生活を送るんだ。絶対、送るんだ!


 鋼の如き強き意志を持ってオレたちは魔王国に入り、そのまま魔王城への侵入に成功した。

 

「覚悟しろ魔王!」


 オレが魔王の玉座に辿り着いたのは宝くじの期限が切れてしまう1週間前だった。


「ふははは、よくきた勇者よ! だがそれもここまでだ! 死ねぇぇ!」

「な!? お、お前は!?」


 オレは魔王の姿を見て驚いてしまった。その隙を狙ってチャンスとばかりに魔王が激しい攻撃を仕掛けてくるが、幸いなことに勇者の防具は魔王のあらゆる攻撃を無効にしてくれる。オレは一気に魔王に詰め寄るとその頭にある大きな二本の角をガッシリと掴んで叫んだ。


「お前、幼女じゃねぇかよぉぉぉ!」


 そのまま振り回してやろうと力を込める。


 スポンッ!


「ヘッ!?」


 角が抜けた。


「ふぇ!?」

 

 幼女の目に涙が浮かぶ。ほとんどヒモじゃねーかという服装。おへそ丸出しでおなかを冷やさないか超心配になってくる。だがオレはロリコンではない。だから、おへそをぺろぺろしようなんてあんまり思っていない。幼女とか言ってる時点で疑惑は晴れないかもしれないが聞いて欲しい。違うんだ。


「勇者様! それが魔王の本体ですニャ!」


 オレの手の中にある角カチューシャを指さして、ウサ耳の身体の各所のきわどい部分が白いホワホワで隠されたヌーディストが叫んだ。オレはとっさに勇者パワーを両手に込めてカチューシャを聖なる炎で焼き尽くす。


「うぎゃぁぁぁぁ」


 カチューシャがあった場所から、どす黒いロリコンの声が大きく響き渡り、そして消えていった。同時に魔王城から悪しき気配もなくなっていた。


 魔王の力が解放され、元魔王の幼女の全身がぱぁぁぁ光り輝く。


「これは……」

「おそらく邪悪な魔王の力が消えたため、この娘本来の姿に戻ったのでしょう」


 恐らく魔王が誕生してから後の、ここ数年分の成長が一気に進んだのだろう。その姿は、もはや幼女とは言えなかった。もちろん大人でもない。大人と子どものハザマのかなり子どもよりな感じだ。正直すごく良いです……な、などと公言してしまうと社会的に抹殺されてしまう。いや、ロリコンじゃないです。です。


 と、とにかく!


「オレは魔王を倒したぞ! 元の世界に帰してくれ!」

 

 オレは天に向かって大絶叫を上げた。


 すると突然、天に大きな光の渦が沸き起こり、そこから女神の声が響いてきた。


「魔王を倒した勇者よ! お前の願いはしかと受け取ったわ。お礼に何かひとつだけ元の世界に持ち帰るのを許してあげる!」


 褐色のビキニアーマー美少女剣士と金髪巨乳の美少女魔術師とメカクレ美少女治癒術士とウサ耳のヌーディストと金髪で目が切れ長のエルフ美少女が一斉にオレの方を見た。


「「「「「勇者、わたしを連れてってくれるのよね?」」」」」


 皆の目がオレにそう訴え掛けていた。それぞれを口説き落とすときにそんな約束をしていたからそういう反応になるのはそういえば当然か。しかし! だがしかし! 元の世界に持ち帰れるのはひとつだけ。


 つまり、宝くじだけなのだ。

 

 女神の言葉に対するオレの答えはひとつ。


「もちろんこれだ!」


 オレは宝くじを握りしめたこぶしを天に向かって突き上げる。


「わかりました。ではロリコンよ。その少女と共に元の世界へ戻りなさい」

「え?」


 オレの足に元魔王だった少女が縋りついていた。


 どこからともなく、ゆっくりボイスによるカウントダウンが聞こえてきた。だんだんと体が――ないけど感覚的に下方向へ落ちていく。


「3……2……1……」


「ちょ、持ち帰るのはオレの当選くじ! 宝くじ! 10億え――――」

「ふえぇぇ」


――――――

―――


 あれから三か月……。


 オレは元の世界へと戻ることができたものの当選くじは失われていた。しかも、異世界で過ごしたのと同じ時間が過ぎており、その間のオレは行方不明扱い。さらに戸籍のない少女を連れているときたもんだ。この三か月間、ものものすっごく大変だったが、その体験はまたいつかKindle出版して稼がせてもらおう。


 せこいだって? そうかもしれないけどさ! オレ10億円パーにしちゃってんのよ!? いいじゃん! それくらい許してくれよ!


 というわけで、ようやく状況が落ち着てきて、今は元魔王だった少女と安アパートで慎ましやかに暮らしている。ロリうらやましいだって? それはどうかな。この世界に戻ってからのオレの保護者活動を知ればわかってもらえると思うけど、それはまぁお父さんしてるよ。自分を褒めてあげたい。


 まぁ元魔王少女も成長してるし、正直ムラムラっとすることもあるし、いつかはそういう関係になるのかもしれない。でも今のところオレの夜のオカズは、異世界に残していったあのパーティーの面々だ。


 畜生、こんなことになるならさっさとパーティーの誰かとチェリー卒業しておくんだった――なんて後悔することもある。というか後悔してる。


「どうしたのおっちゃ……お兄ちゃん?」


 元魔王少女が作ってくれた晩御飯を食べながら、オレはビールを飲んだ。


「はい、どうぞ。今日もお仕事お疲れ様でした」


 オレの顔を覗き込みながら、元魔王少女はビールを注ぎ足してくれる。


 その可愛い笑顔がオレの後悔を一瞬にして消し飛ばしてしまった。


「おっ、ありがとな」

「わたしも一緒に飲んでみたいなー」

「子どもにはまだ早えー。でもまぁ……」


「んっ?」

「そのうち……な」




(おしまい)


――――――

―――


 異世界ドラヴィルダ。ボルヤーグ王国にある勇者支援者育成学校エ・ダジーマでは、ミコラシア大陸についての授業を行っていた。


「ミコラシア大陸で魔王を退けた勇者がずっと大事にしていたのが『タクァ・ラクージ』というお札です」


 銀髪美人のシュモネー先生がそのお札の写し絵を生徒たちに見せる。異大陸の不思議な文様に生徒全員が異国情緒を感じ取っている中、一人の生徒――キーストン・ロイドは目を丸くして驚いていた。


「(宝くじ!? なんで!?)」


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