第59話 レイチェル嬢のお茶会

 シュモネー先生は貴族の馬車に乗っていたヴィドゴニアについて調べてくれると約束してくれた。


 ぼくたちの都合にあまり先生を巻き込むのはよろしくないかと思ったけれど、先生にはそれなりの打算があるようだったのでお願いすることにした。


 シーアの【見る】を取り戻すためなら何だってやる覚悟はある。利用できるものは出来る限り何だって利用しようとは思っているけれど、なるべく他人を巻き込むようなことは避けるべきだとも考えている。


 今回だって、もしシュモネー先生がヴィドゴニアを調べる過程で何かの被害にあってしまったら、ぼくはかなり辛い。


 ……という話をシュモネー先生にした。けれど先生は笑って「子供は素直に大人に頼っていいんですよ」とぼくの頭をなでなでしてくれた。


「大人は自分自身の責任で選択するんです。もし先生に何かあってもそれは先生の選択したことです。あなたが責任を感じることはありません」


 そう言ってシュモネー先生の美しい瞳が細く開く。


「でも、もしものときはあなたが先生の著作が世に広まるよう尽くしてくださいね」


 シュモネー先生の瞳にキラリと鋭い光が走った。


――――――

―――


 大人は自身の責任で選択するということは、子供は自身の責任で選択できないということでもある。なので、もしかしたらシュモネー先生は、大人以外は巻き込むなということを遠回しに注意してくれていたのかもしれない。


 シーアがレイチェル嬢のお茶会に招かれて出かけている間。ぼくは自分の部屋でこれからのことについて頭を巡らせていた。


 まずヴィドゴニアと戦って勝てる実力を付けたい。とりあえずエ・ダジーマの卒業条件を消化して冒険者として活動できるようになろうと思う。


 やはり学生として保護された環境下ではなく、いち冒険者として実戦を経ないと身に付けられないことは多いはずだ。


 学生としての身分はなるべく活用していこうとは思うけれど、ずっと学生をしているわけにもいかない。妹と弟のことを考えるとなるべく学費は抑えていきたいし。


 ヴィドゴニアの情報については、とにかく網を広げていこうかとは思うけれど、ぼくとシーアの事情についてはなるべく黙っておくことにしよう。


 やっぱり親しい人を巻き込んでしまわないように注意しないと。今度クラウスくんには、念のため口止めしておくか。


 コンコンとドアがノックされた。おそらくシーアが帰ってきたのだろう。


「ぼ、坊ちゃま……」


 扉の向こうでシーアの何か戸惑っているような声を聞いて、ぼくは何か異常事態が発生していることに気づいた。


「どうしたのシーア?」


「それが……」


 シーアが扉を開くと、レイチェル嬢とクラウスくん、そしてキャロルが部屋に入ってきた。皆がみんな嗚咽を漏らして泣いていた。


「どどどうしたの!?」


 とりあえず皆を座らせて、シーアにはお茶を用意してもらった。全員が落ち着くのを待ってから話を聞く。


「それで何があったの?」


 ぼくが尋ねるとキャロルが答える。


「えっとね。今日、レイチェル様とこで開かれた女子会でね。ヴィルの話題になってね。それでね……うわぁぁぁん」


「うん。全然わからん」


 レイチェル嬢がフォローを入れる。


「今日の女子会で、ヴィルの子供の頃のお話をお伺いしたのですわ……ううぅ、グスッ、グスッ」

  

 レイチェル嬢がハンカチを取り出して涙を拭う。


「うーん?」


 クラウスくんがフォローが入る。


「レイチェル嬢の女子会で、この間の護衛クエストの話題になって、それでヴィルフェリーシアさんのことを聞いた二人が泣き出しちゃって……」


 あぁ成程。それにしてもクラウスくんの目も真っ赤なんだけど……カワイイから問題ないな。


「……って、ちょっと待って!」


 ぼくはとてつもなく重大な矛盾に気が付いてしまった。思わず口から出ようとしたそれを慌てて手で押さえる。


「何?」

「何かしら?」

「どうしたの?」


「つまり女子会でシーアの目が見えなくなった事情を聞いて泣いてしまったと?」


「そうよ!」

「そうですわ」

「そうだね」


「ふむ……」


 うん。何も問題ないな。以前、女子会にクラウスくんを送り込めないかと策謀を巡らしていたことがあったけど、クラウスくんが当たり前のように参加していたのにはさすがに驚かざる得ない。


 ここはどうしてクラウスくんが今日の女子会に参加していたのかという疑問には触れずにおくことにしよう。そっとしておけばレイチェル嬢もキャロルも現状に疑問を抱くことはないかもしれない。


 それよりもみんなには言いたいことがある。三人ともシーアのために涙してくれたんだ。それはぼくにはとても嬉しいことだった。


「シーアのためにありがとう」


 ぼくは一人ひとりの目をみて感謝の言葉を口にした。シーアがみんなに愛されているのが本当に嬉しい。


 あと、今日お茶会に呼ばれていなかった自分はもしかしてハブられているのかとも思ったけど、女子会だったとわかって嬉しい。女子会だったらぼくが呼ばれなくてもしょーがない。


「ヴィルの目を取り戻すわ! あたしに手伝わせて!」

「わたくしも、ヴィルのために力を尽くすことを誓いますわ!」

「僕も出来ることは少ないけど手伝うよ!」


 三人が嬉しいこと言ってくれる。それにしても、あまり他人を巻き込みたくないという決心をしたばかりなのに、こんなに早く試練が訪れるとは。


 うーむ。どうしたものか。


 みんなを巻き込むのは避けたいけど、みんなの気持ちは大事にしたい。ぼくが目を閉じて考え始めるとシーアがぼくの背後に回って肩を軽くほぐしてくれる。

 

 いつもの流れで、自然とぼくは自分の後頭部をポンポンとシーアの胸ではずませながら考え続けた。みんなへ返す言葉をまとめ、それを話そうと目を開くと……。


 みんながぼくをジト目で見ていた。


 なんだろう? この冷たい視線は。

 

 ぼくは不安になって、シーアの手を取り彼女の指を口元に運びハムハムする。これは何か落ち着かなくなったときにぼくがついやってしまう癖だ。


 なんだろう……みんなの視線が冷たい……。




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