第52話 単位クエスト1

 冒険者資格を取得するためには講義や実習だけでなく、学校が用意した単位クエストをこなす必要がある。


 一応、額は少ないけれどクエスト報酬は出るし、素材を持ち帰れば売り払うこともできた。


 クエストの内容は多岐に渡るけれど危険度はそれほど高くない。本物の冒険と比べたら子どものごっこ遊びのようなものだ。


 生徒のパーティにはプロの冒険者が最低1名同行することになっているし、何かあった場合でものろしを炊けば数時間で救助部隊が駆けつけてくれる。


「師匠、本日はよろしくお願いします!」

「よろしくお願いいたしますわ」

「よ、よろしくお願いします!」

「よろしくね!」

「ごご、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げまする」

(ぺこり)


 というわけで、シーク師匠とぼくの他にレイチェル嬢、クラウスくん、キャロル、マナちゃん、シーアを含め7人のパーティー編成となっている。


 マナちゃんは、キャロルと仲良しの男組生徒で尖った耳をしたエルフ族の少女だ。まだ王国共通語に慣れていないので、少し口調が変だけど可愛い。細身の身体にはささやかながらも女性のふくらみが……。


 目の端でシーアの耳がピクッと動くのが見えた。うん。話を戻そう。


「それにしてもヴィルフェリーシアさんを連れてきてもよかったですの?」


「校則上は問題ないですよ。貴族の場合、武装した執事とメイドで回りを固めてクエストに出る方もいらっしゃいます」


 シーク師匠が答えると、レイチェル嬢は何ともいえず困ったような顔をした。武技に優れるレイチェル嬢からすれば、貴族たちのこうしたやり方が気に入らないのだろう。


「ぼくのわがままで申し訳ありません。将来冒険に出たときは必ずシーアと一緒なので、いまから練習しておきたいのです」


「そういうことでしたら……」


「それに姐御……ヴィルフェリーシアさんは相当強いですよ。武術においてはわたしの先生からお墨付きをもらってます。もし暗闇の中で立ち回ることになったら最強かもしれません」


「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


 シーアがレイチェル嬢や他のメンバーひとりひとりに向かって頭を下げる。


「迷惑だなんて、とんでもありませんわ。一応、校則上の問題がないか確認したまでのことですわ」


「そういことだからヴィル! よろしくね!」


 キャロルがシーアの腕にすがりついて、頬をすりすりするとシーアの尻尾が嬉しそうにパタパタと動いた。微かに漂う百合の香り……ごはん3杯はいけそうだ。


「それでは出発しましょうか。今回のリーダーはどなたですか?」

「あっ、僕です!」


 クラウスくんがシーク師匠に向かって控えめに手を上げる。


 このメンツだとレイチェル嬢がリーダーを務めることが多いのだけど、なるべく他の人にも経験を積んで欲しいというレイチェル嬢の計らいで、今回はクラウスくんになった。


「えっと、ご存じだと思いますが、わたしの一番の役割は皆さんの安全を守ることです。あと必要なときは質問に答えたり、お手本を見せたりすることもあります。またクエスト内で課題が設定されている場合、その採点官も努めます」


「今回はクエスト内課題は設定されているんですの?」


「いいえ。アカヒメ草を採取して戻るだけです。ただ、もしあっさりと見つけられたとしても今日は森の中で一泊することになります」


「まっ、それがお決まりだもんね!」


 ほとんどのクエストでは、それが数時間で終わるような内容であっても最低1日は野営するように設定されている。クエストの課題そのものよりも、この野営の方が難易度が高いなんてこともザラだ。


「今日は弓が二人もいるから、お肉が食べられるかもしれないですわね」


「僕、お塩を持ってきましたから」


 みんなの目がぼくとマナちゃんに注がれる。


「まっ、獲物がいたら任せてよ! マナちゃんに!」


「えええっ! がが、頑張りますが! 頑張りますが!」


 耳まで真っ赤にしてあたふたするマナちゃん可愛い。


「それでは出発しましょう!」

 

 クラウスくんのひと声で、今回のクエスト「アカヒメ草の採取」が始まった。アカヒメ草は、綺麗な水場に生えている薬草の一種だ。辛味には殺菌成分が含まれているので薬だけではなく調味料としても珍重されている。


「アカヒメ草がたくさん取れたら、お肉の調味料に少し使っちゃいましょう」


「クラウスくん、まだ獲物がとれるとは限らないからね」


 お昼を過ぎる頃になると、昼食でおなかが膨らんだせいもあってか、みんなの気持ちも緩んできたようだ。アカヒメ草が生えている水場にも間もなく到着する。


「あっ、いました!」


 突然、マナちゃんが弓を構えて草むらに向けて矢を放と「コケーッ!」という悲鳴が上がる。


 マナちゃんはそのまま草むらに入っていき、再び出てきたときには鶏ウサギの耳を掴んで「とったどー!」と、ぼくたちに高く掲げてみせた。


「とりあえず血抜きしておきますね」


 ラヴェンナ神への祝詞と鶏ウサギへの弔詞をつぶやいた後、そのままマナちゃんは流れるような仕草で鳥ウサギの血抜きを始める。


 森の妖精さんが……エルフが手を真っ赤に染めながら、鶏ウサギの腸を器用に取り除いていく様子を見つめていると、エルフ族に対して抱いていた夢が少しだけ砕け散った。


 その後、あっさりとアカヒメ草をゲット。野営では持ち込んだ食糧とワインに加えて鶏ウサギまであったので、ちょっとした宴が開催された。


 ……うん。もうただの楽しいキャンプだったよ。

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