勇者支援学校編 ー 冒険者への道 ー
第51話 最悪のトイレ事情
基礎課程が修了した生徒は、各々目指すところに合わせて講義を選択していくことになる。
ぼくとしては、早く冒険者資格をとって卒業し、シーアの【見る】を取り戻すことに集中する予定だった。でも、妹と弟がエ・ダジーマに入学する意志を固めていることを知ったぼくはその予定を変更することにした。
在学が長引けば、それだけお金が必要になる。妹や弟のことを考えると実家の負担はなるべくなくしておきたいので、なるべく早く卒業したいと思っていた。
しかし、基礎課程を過ごして気が付いたのは、エ・ダジーマの学生という立場を利用する方が、いろいろ都合が良いということだった。
冒険者となってギルドの支援を受けるより、冒険者資格を持っているエ・ダジーマの学生であれば、さらに学校の支援も受けることができる。学生という身分は何かと都合が良いということに今更ながら気が付いたのだ。
たとえば10歳の子どもが、お金を稼ぐ手段はこの世界においてもかなり限られている。ご近所の仕事を手伝うとか、家の前で朝積みのベリーをジュースにしたものを販売するとか、そんな程度だ。
もちろん貴族の子息となれば、できることの範囲は広がるけれど、それでも小さい子どもが大人のマネごとをしてるとしか思われない。
ところがエ・ダジーマ内では少々事情が違う。商業棟では生徒が作ったアイテムや食べ物が販売されている。武具の修繕や簡単なヒール等のサービスを有料で請け負っていたりもする。支払いは学校内だけで通用する通貨で行われる。単位はゼニーだ。
学校による品質チェックがあり、価格については学校側が決めるという制約があるものの、その利益はちゃんと生徒自身の懐に入ってくるようになっている。
そして生徒たちの間で売れ行きの良い商品については、学校が外部の店や商会に紹介してくれる。そこまでいくとリアル王国通貨が懐に入ってくるようになるのだ!
「どうして売れないんだ! トイレの芳香剤!」
「うーん。僕はいいと思うけどなぁ」
自室で行っている商品開発会議。参加者はクラウスくんとシーアとノーラだ。
「貴族寮の女性には売れてるみたいですよ。月見草を混ぜ込んだ新製品ですが、昨日レイチェル様のメイドが購入してましたし」
「あの香り好きです」
ノーラとシーアがフォローしてくれるが、実際の売り上げは雀の涙ほどでしかない。どうしてだ!? 素材の品質は最高に良いはずだ。この世界のトイレ事情に革命を起こす製品だと確信していたのに。
「そもそも、エ・ダジーマ内にあるトイレの数を考えれば、今の売れ行きはかなり良いのではないかと思うのですが……」
あっ……クラウスくん、それ正解。マーケット調査? なにそれ美味しいの?
当たり前のことに気づいて愕然としたぼくだが、そんな当たり前なことさえ頭から吹っ飛んでしまうほどにこの世界のトイレ事情は最悪だったのだ。
ウォシュレットのあった元世界と比較するからそう思ってしまうだけかもしれない。でも記憶があるんだからしょうがないでしょ!?
この時代においては最先端の水道設備が整った王都でさえ、ぼくにとっては「マジかよ……」というレベルだ。
ちなみに自室にあるトイレは、ぼくが全身全霊を傾けて超カスタマイズしており、ぼくはここでしか用を足さない。いや足せない。
「キース様のお部屋のトイレはすごく清潔で豪華ですよね。うらやましいです」
「徹底的にお金と労力をかけていることは認めるよ。でもぼくが理想としているのは……」
そこから延々とぼくは理想的なトイレについての思いをみんなに語り始めた。その日の夜、この演説について恥ずかしさのあまりベッドの中で身もだえすることになった。
それほどまでにこの世界のトイレ事情は最悪なのだ。
「しかし、あまり情熱を表に出してしまうとトイレ貴族の称号が与えられかねない。自重せねば」
深夜、ベッドの上でもやもやしていると、ジャーッと水が流れる音が聞こえてきた。シーアかノーラがトイレを使ったのだろう。ワイン樽を活用したタンクで、うちのトイレは半水洗化されているのだ。
「そうだ。トイレを使っているときの音を消すために製品化する予定のオルゴールに月見草の芳香剤を詰め込むようにしたらどうだろう。あるいはゼンマイの回転力を使って、ハーブ精油が散布されるとか……」
そんな感じでトイレについて延々と思考を巡らしながら、ぼくはいつの間にか眠りに落ちていた。
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薬草学についてはシュモネー先生が講義を行っている。大陸全土を渡り歩いてきた経験から、様々な植物についての造詣も深い。シュモネー先生の『びっくり世界のミステリー どんとこい植物編』は、ぼく史上最高の名著になっている。
薬草はそれ単体でも有用なものだけれど、薬草を加工したポーションは、他の薬草との配合、加工の過程、付与する魔力等によってまさに千差万別の効能を発揮する。
特に治癒や毒と解毒の効果を持つポーションは、冒険者に限らず多くの人々に需要がある。
そしてぼくは今回の転生時にルーキー女神から【薬草学】の加護を受けていた。この方面で努力を続けていけば、かなりの才能を発揮できるのだ。
「よし! がんばって凄い芳香剤を作るぞ!」
その才能がどういう方向で花開くかは本人次第なんだけど……この方向で問題ない!
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