第44話 シュモネー先生

 魔物についての生態の講義を担当しているシュモネー先生はアンゴール帝国出身だ。魔物研究のためにゴンドワルナ大陸中を旅していたことがあり、いまは王都に滞在している。


 研究で得られた情報の提供とエ・ダジーマで教師を行うことを条件に、シュモネー先生には王国内での研究活動が許されていた。


 教壇に立つ先生は肩まで伸ばした銀髪を軽く揺らしながら、魔物についての基礎抗議を続けていた。


 切れ長でほんのりタレ目気味な目の中には、濃いオレンジ色の瞳が輝いている。


 「大陸に見られる魔物は大きく二つの種類に分けることができます。ひとつは最も数の多い通常種で、わたしたちが一般的に魔物と呼んでいるものです。みなさんの中にも遭遇したことがある方がいるかもしれません」


 先生の少し低めのアンニュイな声を心地よく聴きながら、ぼくはその銀髪の毛先を目で追っていた。


 先端から数センチが赤色、そこから数センチが黄色に染められている。これはアンゴール帝国の風俗習慣なのだろうか。


 王都では諸外国から多くの人々が訪れてくるがアンゴールの人はまず見掛けない。


 ウルス王時代の探検家マルコ・デラクススがアンゴール帝国に辿り着くまでは、単に伝説でしか語られてこなかった国だ。交易が行われている現在でも、その実態はほぼ知られてない。


「もうひとつの種類はアンゴール人が妖異と呼ぶものです。この違いについて……キーストンさん」


 おっと、先生の髪に見とれてぼーっとしているのがバレてしまったか。


「はい。魔物は倒すと死骸になりますが、あっ、時折リビングデッド化しますが、妖異は泡状になって消えてしまいます」

 

「そうですね。魔物は良くも悪くもこの世界に属しています。というと嫌な思いをする方もいらっしゃるかもしれませんが、そもそも人と魔物の区別自体が曖昧なものです。その線引きは国によって全く違っていたりもします」


 つまるところこの世界の人間は自分たちに不利益をもたらすものを魔物と呼んでいるだけなのだ。


「別の大陸ではリビングデッドを農作業に利用している国があるそうですが、そこではリビングデッドは魔物として忌み嫌われてはいないようですね」


 生徒たちの間から「うげぇ」という声があがる。

  

「さすがに遺体を農作業させるなんてことはありませんが、アンゴールでも確かに人と魔物が共存しています。それは単に人と魔物の線引きがこの国よりも曖昧で広いというだけのことでしかありません」


 シュモネー先生はコホンと咳をついてから話を続ける。


「魔物はこの世界に属すると言いましたが、それはつまり鋼の剣で傷をつけ、魔力で倒すことができるという意味でもあります。しかし妖異は違います」


「妖異は倒すことができないということですか?」


 思わず疑問が口に出てしまった。泡になって消えるなら、それは倒せるということじゃないのか。


「これは先生の私見として聞いてください。妖異も攻撃すると最後には泡状になって消えてしまいますが、それは倒しているのではなく撃退しているに過ぎないと考えています」


 その考えを裏付ける例として先生は吸血鬼を取り上げた。吸血鬼は非常にやっかいな魔物ではあるものの、正しく弱点を付くことで灰に戻すことができる。


 しかし各地に残る伝承の中には、強力な吸血鬼は死んだ際に泡状になって消えてしまったというものがある。


 そうした伝承は、一度は倒されたはずの吸血鬼が長い時を経て復活し、自分を倒したものやその子孫に対して復讐するという後日譚がくっ付いているというものが多い。


 キャロルがさっと手をあげてシュモネー先生に質問する。


「地獄に落ちたら戻ってこれないのが魔物で、地獄から這い上がってくるのが妖異ってこと?」


「皆さんの場合はそういう理解でも良いかもしれませんね。ただ魔物も妖異もその存在自体が邪悪だと決めつけてかかるのは誤りです。この国では魔物として扱われていても、他国では神や守護獣だったりするというのは普通にありますから」


「そんなのんきなことじゃ、こっちがやられちゃうよ」


 キャロルがある意味当然なことを言った。


「確かにそうですね。先生の場合は、敵は殺意のあるなしで見分けるようにしていますよ。考える時間さえない場合はそれで充分でしょう」

 

 キャロルの方を見ながらシュモネー先生が続ける。


「魔物の中には仲間を殺されたら、その共同体が一丸となって復讐を果たすというものもいます。勇者支援学校でこういうことを言うのもどうかと思いますが、もし敵対を回避することができるなら、なるべくそうすることをお勧めします」


「まぁ、それはそうよね」


「妖異については、現在までの研究から考える限り、その多くがこの世界を侵食することを目的としているように見えます。しかし、そう決めつけてしまうのではなく考えは常に柔軟にしておくことが大事なのだと先生は思ってます」


 先生はクラス全員の顔をひととおり見回してから、静かに言った。


「この世界の外から来ていたとしても、もしかすると皆さんと仲良くなりたいと考えている存在もいるかもしれませんよ?」


 そして授業の締めくくりに先生は一冊の本を掲げてぼくたちに見せた。


「詳しくは、先生が書いた『びっくり世界のミステリー どんとこい妖異編』が商業棟で販売されていますので読んでみてくださいね。校内割引で市販の1割引きで購入できます。本を持ってきてくれたらサインしますので」


「では本日の授業は以上です」

 

 シュモネー先生は本を高く掲げたまま教室を後にした。





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