第45話 びっくり世界のミステリー

 ここから遥か遠くにあるアンゴール帝国は、王国で暮らす人々にとっては謎のベールに包まれた神秘の国だ。


 何しろ情報が少なく、実質的に探検家マルコ・デラクススの見聞録しか存在しない。現在、王国内に出回っているアンゴール情報のほとんどが見聞録を元にしていると言っていい。

 

 ボルヤーグ連合王国とアンゴール帝国の間には正式な国交は結ばれていない。魔物と共存するアンゴールの文化は大陸の人々には異質なものと見られることが多い。


 そのためアンゴール人は他国との交流を厭う傾向があり、王国との関係は商人間で小規模の交易が行われている程度に過ぎない。


 そういう事情もあってアンゴール出身のシュモネー先生はエ・ダジーマのみならず、王国にとっても希少な人材だった。彼女の著作である「びっくり世界のミステリー どんとこい」シリーズは王都でベストセラーとなっている。


「シュモネー先生! びっくり世界のミステリーシリーズ全作購入してきましたよ! ぜひサインお願いします!」


 ぼくはシーアを伴って、大食堂で昼食後のお茶を楽しんでいたシュモネー先生を訪ねた。


「あらキーストンさん、シリーズ5冊まとめて揃えてくださったのですね。ありがとうございます。はい」


 そう言ってシュモネー先生がぼくの手をギュッと握った。


「えっと?」


 シュモネー先生はぼくにニッコリと笑顔を向けて手を上下に振る。美人に手を握られて、ぼくの顔がついニヘラっと緩んでしまう。その瞬間、隣にいるシーアの耳がピンっと立った。


「あっ、サインでしたね。それでは……」


「シュモネー先生は大陸中を旅されて魔物や妖異を研究されているんですよね」


「ええ。その研究の成果として、今度、魔物をカード化してデラクスス商会からゲームも出す予定です」


「へ、へぇ……」


 詳しく聞きたいような気も一瞬したけれど、とにかくいまはさて置くことにして、ぼくは大事な質問をすることにした。


「ところでシュモネー先生、これまでにヴィドゴニアについて調査はされていますか」


「もちろんです。いまサインしたわたくしの著書『びっくり世界のミステリー どんとこい魔物編』にも詳しく書いていますよ。何人か知り合いもいます」


「さすが先生、お知り合いまで……ってヴィドゴニアの!?」


「ええ」


――――――

―――


 シュモネー先生によると、アンゴール帝国ではヴィドゴニアのことをヤマヒメと呼んでいる。


 魔力の強い山で、この世に強い執念を残したまま女性が亡くなると、山の主に魅入られてヤマヒメになってしまうのだという。


 ヤマヒメは山に入った人の前に現れて、願い事と引き換えに何かしらの代価を取る。


 ここまではぼくの知っているヴィドゴニアに関する知識とだいたい同じだった。


「ヤマヒメが人間の身体や命を代価として受け取った場合、その瞳に青白い鬼火が宿るようになります」


 それも前世のぼくが見たものと一致している。


「たくさん代価を受け取っていくと、やがてヤマヒメは人間だった頃の姿を取り戻すようになりますね」


「えっ!? 人間に戻ってしまうのですか?」


「見た目は人間そのもので、昼間でも活動できるようになります。ただ瞳の中には鬼火が揺らめいていますので、普通の人間と見間違えるようなことはありませんね。会話をすることもできますが、以前の人格とは全く別のものになることもあるようです」


「人間の姿で会話もできるのか……ちょっと倒し辛いな」

 

 シュモネー先生はちょこんと首をかしげた。サラサラの銀髪が唇に掛かっていて萌える。


「倒す?」


「倒さないと人を襲い続けますよね」


「なるほど。大陸の人々の発想はそうでしたね。アンゴールでは……」


 魔物と共存してきた長い歴史を持つアンゴールでは、ヤマヒメとも共存する方法を確立していた。


 ヤマヒメが現れたことがわかると、近隣の住民は祠を立ててこれを奉る。お供え物を欠かさずにいると、とりあえずヤマヒメが誰彼構わず人を襲うようなことはなくなる。

 

 祀られているヤマヒメは、人から大事なものを無理やり奪い取るようなことはしない。また、大事ではないものを差し出した場合でも代価として受け取ることもある。

 

 山で迷った子どもが持っていたどんぐりと交換にふもとの村まで送ってもらったなんて話もあるようだ。


「アンゴールのヴィドゴニアは人の身体や命を奪うようなことはないのですか?」


「そういうこともないわけではありませんが、人間の方から命を差し出すという場合も少なくありません。病で命を落としそうになった人や寝たきりとなってしまった老親が、ヤマヒメに家族や共同体の守護を願って自らの命を代価として差し出すという慣習もあります」


 シュモネー先生はぼくの反応を見て、さらに説明を続ける。


「命を差し出す慣習はあくまで本人が望んだ場合の話です。ヤマヒメの代価は必ずしも人間である必要はありませんから。長い時間と十分な数さえあれば家畜や狩りの獲物でも良いのです」


「ぼくの見聞きしたヴィドゴニアとヤマヒメの間には多くの共通点がありますが、その行動についてはかなりの違いがあるみたいです」


「おそらく魔物を倒すべき敵として捉えている大陸と、魔物との共存を考えるアンゴールとの違いからくるものでしょうね」


 そう言ってシュモネー先生は深いため息をついた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る