第43話 ミシェルとディーズ

 貴族寮における朝のラ・ジーオタイッソ。今ではぼく以外にも参加者がちらほら出るようになってきていた。


 最初はひとりで運動するのがあまりに寂し過ぎるので、シーアに付き合ってもらうことにした。指導教官もお世話人の参加なら構わないと快く了承してくれた。


 体操服姿のシーアがラ・ジーオタイッソすると、当然ながら胸部がばいんばいんするわけなのだが、ぼく自身は隣に並んでいるのでそれを鑑賞することはできない。


 しかし、どれだけばいんばいんしているのかは、ぼくたちの前で向き合って運動している指導教官や楽団員の鼻の下の長さで十分推察することができた。


 その後、まずクラウスくん、シーアとレイチェル嬢が仲良くなってからは、レイチェル嬢もこの朝の運動に参加するようになった。


 美女と美少女が朝からぶるんぶるんしているとなると、自然と男子生徒も参加するようになってきたというわけだ。


「本日のラ・ジーオタイッソは以上だ」


 指導教官が解散を告げると、見学していた女性がタオルを持ってレイチェル嬢に走り寄っていった。


「お疲れ様です。お嬢様」


 どうやらレイチェル嬢のお世話人らしい。シーアが足元に置いていた袋からタオルを取り出す。


 シーアがしゃがんだ瞬間、ぼくを含む男どもの視線がポニーテールからのぞくシーアの白いうなじに注がれた。


「キース様、タオルをどうぞ!」


 シーアがこちらを振り返った瞬間、ぼくを含む男どもの視線があらぬ方向へと向いた。

 

「ありがとうシーア!」


「お疲れ様です、キース様」

「クラウスくんもお疲れ」


「シーア、クラウスくんにもタオルを」

「どうぞクラウスさま」


 ぼくとクラウスくんが汗を拭いた後、タオルを返すと、シーアは《クラウスくんの》使ったタオルを袋にしまった。  

 

「ふわぁぁ……」


 うす紫色の髪をポニーテールにたばねた少女が、初老の男性に手を引かれて今頃やってきた。

 

「お嬢様、どうやら本日もラ・ジーオタイッソには間に合いませんでしたな。とりあえず今日はここまでこれただけでも良しとしますか」


「うん……」


「ミシェル様、ディーズさん、おはよう! 今日はおしかったね」


「おはよ……なのです」 


「おはようございます。キース様」


 ディーズさんは入学試験のときに一緒だった執事さんだ。ディーズさんの主人はミシェル嬢。


 彼女には二人のお世話人がいるのだけれど、それでは足りないと考えたのか、わざわざディーズさんを生徒として入学させてミシェル嬢の御守り役を務めさせていた。


「今日は撤収前には間に合ったね」


「うん」


 まだ目が覚め切っていないのか、あくびをしているミッシェル嬢――可愛い――を見ていると、わざわざディーズさんをお守りにつけたミシェル嬢のご両親の気持ちがなんとなくわかったような気がする。


 実際はお守り役というよりも護衛なのだろう。試験のとき、採点官がディーズさんは自分たちを指導する実力の持ち主だと言ってたし。


「ミシェルさん、朝食をご一緒しませんこと? よろしければキースとクラウスも」


 レイチェル嬢がぼくたちに声を掛けてきた。


「うん……行く……のです」


 ミシェル嬢が眠気半分で答える。


「それじゃぼくたちもご一緒しようか。クラウスくん」


「ええ、そうさせていただきます」


「それでは後ほど大食堂で……」

 

 そう答えつつ、ぼくと視線を合わせたレイチェル嬢がハッとした表情になり、身体を隠すように胸元にタオルを持っていく。


 な、なんなんだ。最近、レイチェル嬢はぼくに対してこういう警戒姿勢を取ることが多いような気がする。


「えっ……と?」


「そ、それでは大食堂でお待ちしておりますわ」


 レイチェル嬢はそそくさと小走りで貴族寮に戻っていった。


 ノーラ……お前はお茶会でレイチェル嬢に何を話してるんだ。まさか、ぼくのことを《ありのまま》に話したりしてないだろうな。


 いや、別にありのままでも何も恥じるようなことはないけどね。な、ないよね?


 朝食時、大食堂のテーブルについたぼくは凄まじい事実に気が付いた。レイチェル嬢にミシェル嬢にクラウスくん、それとシーアを含めたお世話人は全員がメイド。


 いつの間にか、ぼくは女の子に囲まれているハーレム状態じゃないか。やはり転生とくればハーレムで、いまぼくはその花園の中心にいるのだ!


 いやまぁ、中心にはいないけど。


 まぁ、ハーレムが成立するほど好意も関心も持たれていないけど。


 クラウスくんは女の子じゃないけど。


 でも限りなく女の子よりだからギリセーフ。

 

 ケチはいくらでも付くかもしれないけど、それでもこの朝食会でぼくがウキウキしてしまうのは当たり前のことだよね。


 自然とニヤニヤしてしまっていた自分に気づき慌てて表情を戻すと、ちょうどレイチェル嬢と視線が合ってしまった。


 レイチェル嬢は、少し視線を泳がせた後、すっと顔を横に向け、その方向に座っていたクラウスくんにぎこちなく声を掛けた。


 いや、確かにニヤケ顔を見られたのは恥ずかしいけど、その反応はどうなんですか? レイチェル嬢の中でぼくがどのような人物として見られているのか非常に気になる。

 

 部屋に戻ったらノーラをきっちり問い詰めよう。




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