第42話 キャロル

 第三者がいるときは、感情をほとんど表すことのないクール系のメイドを立派に努めてくれているシーアだが、ぼくと二人きりともなれば途端に甘えん坊が表に出てくるようになる。家出騒動の一件以来、ずっとこんな調子だ。


 ぼくが読書や自主訓練をしているのを邪魔することはしないけれど、ぼくが特に用事がない状態だとしると、途端に構ってちゃんになってくる。


 色々実験してみた。


 例えば、シーアが目を離した隙に外に出かけようとすると、慌てて追いかけて付いてこようとする。可愛い。


 シーアがぼくに髪をとかして欲しいと思ったときには、ソファの真ん中やや右寄りに座るのが暗黙の合図だ。


 それをわかっていて無視すると2分でソワソワしはじめ、4分過ぎるとかすかな低音でウーッと喉を鳴らしはじめる。可愛い。


 例えば、ぼくに抱き着いてこようとするのを回避する。


 回避1回目で「?」とキョトンとした表情に、回避2回目で「!?」と表情に焦りが浮かび、回避3回目で目に涙が浮かぶ。それ以上はぼくも試せない。


 ちなみに回避回数とその後のシーアのハグホールド圧力は正比例する。とにかく可愛い。


 こんなシーアだが、学校内ではいつの間にか『氷狼』の称号を取得し、良い意味でも悪い意味でも畏れられていた。


 ぼくが剣の稽古の相手をしてもらっている公開訓練で、シーアの実力には誰もが一目置くようになっており、目が見えないからと彼女を侮るものはいない。


 さらに最近ではレイチェル嬢もときおり一緒にこの自主訓練に参加するようになった。


 全クラス中でもトップクラスの剣術を誇るレイチェル嬢がシーアに軽くいなされるのをみれば、誰もがその腕を認めざる得ない。


 ちなみにシーアが最も得意とするのは棒術だが、エ・ダジーマに来てからは一度も披露していない。


「でも練習は必要でしょ? どうしてるの?」


 と聞いたことがある。そのときシーアはその場で練習して見せてくれた。棒を持たず空の手で――つまり『エア棒術』で練習していたのだ。


 それでも少し前まではシーアを侮る奴らはいた。盲人で亜人のメイドというのは、どれをとっても頭の悪い連中からは差別的な扱いを受けやすい属性だ。


 とくに貴族は盲人や亜人が近くにいるだけで不快そうな顔を隠そうともしないなんてざらにある。


 身分については先進的なエ・ダジーマ内でもその点はあまり変わらない。シーアに丁寧に接するレイチェル嬢やクラウスくんは、むしろ例外と言っていいだろう。


 というわけで華組の生徒の中でシーアを侮るものはいても、そもそも彼らの方から近づいてこない。


 シーアにちょっかいを出すということは、ぼくに喧嘩を売ることになるわけで、少なくとも表立っては手出しすることはない。


 実際にシーアに手を出して痛い目を見たのは男組の生徒だ。まぁシーアに触れたと思った瞬間、関節を決められて地面の砂でスクラブ洗顔するハメになるんだけど。


 そんなシーアの姿を見た生徒から、いつの間にか『氷狼』と呼ばれるようになり、女生徒たちからは『白銀の君』と慕われるようになっていた。


 最近では、シーアがひとりで校内を歩いているときは、必ず男組の女生徒が誰かしらシーアにくっついてその手を取っている。


「坊ちゃ……キース様と違って、歩きにくいのですが……」


「シーアのことを大事に思ってくれてるのだから、ちょっとくらいは目を瞑ってあげなよ」


 女の子がシーアに引き寄せられるのは、ぼくとしては大歓迎だった。シーアが目当てでぼくに近づいてくる女生徒だってよくいるけど、全く問題ない。可愛い娘なら大歓迎。ぐふふ。


「ジィ……」


 ふと我に返るとシーアが見えていないはずの瞳でぼくを見つめていた。背中からどっと冷たい汗が出る。ジト目で。これが一部の男子生徒にカルト的な人気を博している『氷の視線』か。


「えっと……その……」


 シーアは何も言ってないのに、なんだか言い訳をしなければならない空気になりつつあった。どうしよう。何を言っていいのかわからないし、何を言っても間違いなような気がする。


 コンコン。


 ちょうどタイミングよくドアがノックされ、ノーラの声が聞こえてきた。ノーラ、エクセレント!!


「キース様、キャロル様がいらっしゃいました」


「どぞどぞ入ってもらって! お茶も入れたげて、お菓子もね!」

 

 ドアが開くと、キャロルが挨拶もそこそこにシーアのもとに駆け寄ってその腕を取る。

 

「ヴィル! 大食堂に例のスイーツが入ったの! これから一緒に食べに行きましょうよ!」


「先日お話されていた例のスイーツですか?」


「そう! 例のアレ!」


 よかった。シーアの関心がスイーツに流れた。それにしてもキャロルは、最近妙にシーアに懐いている。二人の間に何かあったのだろうか、かなり仲良くなっているみたいだ。


「キース様……」


「二人でスイーツを楽しんでおいでよ。でも、それならお茶はいらないか」


「もちろん飲んでいくわ! お菓子もね!」

 

 お茶の間に、どうして二人が仲良くなったのか聞いてみたが、詳しいことは話してもらえなかった。ふむ。キャロルが言いたくないのなら、これ以上追及するのはやめておこう。




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