第41話 レイチェルの視線

 大食堂を利用するとき以外にも、ぼくは時間に空きがあればいつもシーアを連れて学校内を散策していた。


 傍から見れば、変わり者の貴族の坊ちゃまが、盲目のメイドを連れて妙なことをしていると映っているのだろう。


「ここから階段。5段あるよ」


「はい。キース様、少し自分で歩いてもいいですか」


「うん」


 シーアはぼくの腕から手を放すと、仕込み杖――って言っちゃいけなかった普通の杖で足元を確認しながら、ゆっくりと階段を3回昇り降りする。


「ありがとうございます、キース様。もう大丈夫です」


「それじゃ行こうか」


 こんな感じでシーアに学校内を把握させるために、なるべく二人で歩くようにしているのだ。


「あら、キース。今日もヴィルフェリーシアを連れていますのね」


 レイチェル嬢がぼくたちを見つけて話しかけてきた。


「レイチェル様」


 シーアが軽く裾を引き上げてレイチェル嬢に丁寧にお辞儀する。


「ヴィルフェリーシアは、もう校内の道は覚えたのかしら?」


「はい。レイチェル様」


「二人で隅々まで散策しましたよ。ゆっくり進むのであればヴィルフェリーシアもひとりで大丈夫なんじゃないかと思います」

 

 レイチェル嬢はぼくたちの散策がシーアに道を覚えさせるためだということに気づいていた。


 初めてシーアを見たときから興味を持っていたらしく、ふと気づくとレイチェル嬢の視線がシーアに向けられているなんてことはぼくもよく目にしていた。


「ヴィルフェリーシア、散歩が終わったのならノーラと一緒にわたくしの部屋へいらっしゃい。南方産のお茶が入りましたの。女子会をしますわよ」


「ありがとうございます。しかし……」


「行っておいでよ。ぼくもクラウスくんと勉強の約束をしてるから」


「はい。それではレイチェル様、お伺いさせていただきます」


「それじゃキース、ヴィルフェリーシアをお借りしますわ」

 

 そういうとレイチェル嬢はシーアに腕を取らせて自分の部屋へ戻っていった。


 どういう理由で二人が仲良くなったのか知らないけど、レイチェル嬢はシーアに非常に好意的に接してくれている。


 シーアがお茶に誘われるのはこれまでにも何度かあったし、先日は貴族寮の庭でレイチェル嬢の木剣の練習にシーアが付き合ったりもしていた。


 ロイド家の人間以外には表情をほとんど見せないシーアも、最近ではレイチェル嬢に対して柔和な笑顔を見せることがある。


 そういえば先週はノーラもお茶に呼ばれていたっけ。ということは、シーアに対するぼくの痴態は知られていると考えるべきか。


「うん。これはマズイかもしれない」


 ノーラのことだし、おっぱい枕とか色々ともうレイチェル嬢にバレていると考えるべきだな。


 とはいえレイチェル嬢がシーアと仲良くなり始めた頃から、ぼくに対するレイチェル嬢の態度が何となく柔らかくなって、距離も少し縮んだような気がしないでもない。

 

 いずれにせよクラス内ヒラエルキーの最頂点にいるリンド家のお嬢様との関係が良くなるのは大歓迎だ。


 うちのクラスは、リンド侯爵家、ロイド子爵家、フィブリス男爵家と爵位が並んでいるので序列上の争いはない。


 しかし、同列の爵位がいるクラスの場合、派閥が生まれて、お互いがマウントを取り合って何かと衝突するようなこともあるらしい。


 どうも創立者が貴族間で行われる醜い争いに辟易としていたらしく、その愚かさを早目に学ばせようとわざとひとクラスに二名以上の貴族を配置するようにしたみたいだ。まったく、やっかいなことしてくれたよウルス王。


 ……うん。ぼくなんだけどね。


 貴族寮に向かって歩いているとクラウスくんが声を掛けてきた


「キース様!」


「クラウスくん、ちょうど良かったよ。勉強の件だけど、ぼくの部屋でどうかな?


「ええ、もちろん構いませんよ」


 そのまま二人で並んで歩き始める。


「うちのメイドが二人とも出かけてるからおもてなしは期待しないでね」


「そうでしたか。さきほどヴィルフェリーシアさんがレイチェル様と一緒にいらっしゃるところをお見掛けしましたよ」


「レイチェル様がお優しい方で本当に良かったよ。あっ、クラウスくんもね。いつもヴィルフェリーシアに親切にしてくれてありがとう」


「い、いえ、僕はそんな……」


 クラウスくんがはにかんで顔を赤らめる。可愛くて可憐だ。これほどの美少女(仮)ならばレイチェル嬢の女子会に参加しても問題ないのでは? 問題ないはずだ。


 それにしても女子会でレイチェル嬢やシーアたちがどんな話をしているのか正直かなり興味がある。知りたい。


 ここは何とかしてクラウスくんをスパイとして送り込むことはできないだろうか。


 ぼくは、ドレス姿でレイチェル嬢のお茶会に参加するクラウスくんを想像してみた。妄想のクラウス嬢はとても可愛いかった。


「キース様、いま何か変なことを考えてませんか? お顔が……その……」


「ううん。全然変なことなんかじゃないよ」


「では何をお考えになられていたのですか?」


「クラウスくんをレイチェル嬢の女子会に送り込めないかなって」


「ええ!? どういうことですか!?」


「クラウスくんって可愛いから、そのまま女子会に潜り込めそうかなって」


「かっ、かわっ、可愛い!? ぼ、僕が?」


 クラウスくんはより顔を赤くして、あわあわし始める。

 

「可愛いというか、どちらかというと美少女って感じだよね」


「わわわっ! ぼ、僕は男ですぅぅ!」

 

 クラウスくんは慌てふためいて貴族寮と反対の方向へ走り去ってしまった。女の子走りで。クラウスくん、そういうとこやぞ――とぼくは心の中でツッコミを入れた。


 とりあえず、今日の勉強会は中止ってこと……だよね。




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