第40話 戦闘訓練
勇者支援者というのは、つまるところ勇者をサポートする技能を持った冒険者であるということでもある。エ・ダジーマを卒業する際は、ほとんどのものが何らかの冒険者資格を取得している。
貴族や大商人からなる華組の場合、机で学ぶ科目だけで卒業することもできるが、それはどちらかというと少数派だ。
冒険者になるためには様々な技能が必要とされているけれど、その中でも戦闘技能は必須のものと言っていい。そのため基礎課程では毎日のように厳しい戦闘訓練が行われる。
もちろん、ときおり行われる合同訓練を除いて、華組と男組では分かれて訓練が行われる。
「それでは、レイチェル様。
「受け賜わりましたわ」
先生に指名されたレイチェル嬢は整列している華組の前に立ち、
「エデ、トゥバ、トゥリ……」
レイチェル嬢の掛け声に合わせてぼくたちも木剣を振る。その間を先生が歩き回りながら、個々の生徒の動きを直していく。
二人一組の訓練では、個々の練度にばらつきはあるものの、木剣は綺麗に寸止めされて型が行われている。
こうしてみると、外で行われている男組の訓練と比べ、まるで優雅に舞っているようにしか見えないのが華組の訓練だ。
ただ基礎課程の段階では華組の訓練の方がレベルも高くて内容も濃い。
貴族や大商人の子弟は、物心つく頃から嗜みとして武技の訓練を大なり小なり受けている。
どんなひ弱に見える生徒でも、入学した時点で剣術と弓術は最低限の基礎が身についているものだ。
また当然ながら栄養状態もよい環境で育っていることもあって、単純に同年齢で比較すると華組の生徒は体格や体力に恵まれているものが多い。
「キース、わたくしの相手をお願いしますわ」
それでもレイチェル・リンドの体格と体力は華組の中でも飛び抜けていた。もしかして年齢を二つか三つ誤魔化しているんじゃないかと思ってしまうくらいだ。
疲れた生徒たちが次々と座り込んでいく中、彼女だけが息を上げることもなく、木剣を振るっていた。
レイチェル嬢はぼくより頭ひとつ高い。ふっくらとした二つのふくらみが将来有望株であることを強調している細身の身体。
まだ性についてそれほど意識していない男子生徒の間でさえ、レイチェル嬢は崇拝の対象だった。
その美しき姫様に指名されたので、座り込んでいた男子生徒どもが嫉妬と羨望のまなざしをぼくに向けてきた。
中には、次にレイチェル嬢に相手してもらおうと、頑張って立ち上がろうとするものまでいる。
「では、参りますわ。エデ! トゥバ! トゥリ!」
「! ! !」
ぼくはと言えば、辛うじて立っているのがやっとというのが正直なところ。レイチェル嬢の打ち込みを受けるので精いっぱいだ。
カンッ!カンッ!
型通りに動くだけなのだが、もしタイミングが遅れたりすると怪我しかねない。ぼくは必死でレイチェル嬢についていく。
「ぜぇ、ぜぇ……」
「お疲れ様ですわ」
終わった時には、礼を口にすることもできず、その場にへたり込んでしまった。レイチェル嬢は、すぐに次の相手を見つけて練習を始めていた。どんだけ体力あるんだよ。
とりあえずこれでしばらくは、レイチェル嬢が華麗に木剣を振るう姿をじっくりと眺めることができる。
やっぱりレイチェル嬢は綺麗だなぁ……とぼんやりしていると、修練場の外から怒号が聞こえてきた。男組の訓練だ。ちょっと覗いてみるか……
「ほわ!?」
運動場に人間ピラミッドが出来上がっていた。
確か剣術の授業だったはずだけど……。あれは、いったい何でしょう?
「貴様らのようなひよっこが剣を握れるなどと思うなぁ!」
「「「オッス!」」」
「いいか、奴隷でさえ剣士として立派に戦って見せることができる! だが貴様らはどうだ! たかがピラミッドさえ、生まれたての小鹿のようにプルプルと震えているではないか!」
「「「オッス!」」」
「貴様らは、剣においては奴隷以下の存在だ!」
「「「「オッス!」」」
「貴様らは、生まれたての小鹿以下のうじ虫だ!」
「「「オッス!」」」
いったいどれくらい前からやっているのか分からないが、ほとんどの生徒が顔を真っ赤にして、腕を振るわせている。明らかに限界が近い。
「剣を握りたいか!」
「「「オッス!」」」
「剣を握りたいか!」
「「「オッス!」」」
「剣を握りたいかぁ!」
「「「オ……あぁぁ」」」
ついにピラミッドが総崩れになった。おいおい大丈夫か!? 怪我人出てませんか? なんて心配していると、生徒たちはすぐに立ち上がって二人一組となり整列する。
「よーし! 今回はよく頑張ったが、まだまだ貴様らには気合が足りん! そんな根性で勇者の支援など片腹痛い! 右方、木剣構え!」
「「「オッス!」」」
片方の列の生徒が木剣を構え、もう片方の列は反対方向を向く。いったい何が始まるんだ?
「気合いだぁ!」
先生の掛け声と共に、木剣が後ろを向いている生徒のお尻に叩きつけられた。バシンといい音が響く。
「「「うひぃぃぃ」」」
「「「んほっ!」」」
あまりの痛さにお尻を叩かれた生徒たちが飛び跳ねる。そして次には立場を入れ替えて、同じ惨劇が繰り広げられていった。
うん。貴族寮に入ったのは正解だったな。
ぼくは確信した。
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