第17話 三人の冒険者

 冒険者ギルドのフロアで軽くブーイングが起こった後、シーアとぼくの近くにいた顔なじみの冒険者たちが、ササッと飲み物と皿を手にその場を離れ、遠巻きになっていく。ぼくはというとシーアの後ろにしがみついていた。

 

 ギルドに入ってきた三人の冒険者は、その胸に下げられた細い銀色の筒から、シルバークラスであることがわかる。


 銀の冒険者筒を持っているということは、そこそこに実力を付けているという証。そして冒険者としては最も調子をこきやすいクラスでもあった。


 後ろからコンコンとぼくの肩に何かが当てられる。振り返るとミリアお姉さんが長い箒を差し出していたので、ぼくはそれを受け取ってシーアの手に握らせた。


 いつの間にか、シーアとぼくが三人の冒険者と対峙する構図が完成している。この奇妙な展開に三人は一瞬たじろいだが、引っ込みがつかなくなったのか赤毛のリーダーっぽい男がシーアに絡んできた。


「な、なんだぁ? 俺たちとやろうってのか?」


 ぼくたちを威嚇しようと赤毛の冒険者が一歩前に進み出ると、男の目の前にシーアが箒の柄をスッと差し出す。


「何だそ……」


 冒険者がシーアから箒を取り上げようと掴んだ瞬間、シーアは箒をわずかに上下させて一歩踏み込む。あっと言う間もなく、赤毛の冒険者は箒に腕を奇妙に絡ませてシーアの足元に跪いていた。


「ってぇぇぇぇぇ!」

 

 シーアが箒を動かすと、赤毛が苦痛に声を上げる。 


「おぉ……」


 その場にいた全員がシーアの見事な技に感嘆の声を上げる。赤毛は箒から腕を離そうともがくが、その度にシーアが微妙に箒を動かしてそれを阻止する。

 

「な、何だ!? どうなってんだ? い、痛てぇ!」


 シーアに跪かされているリーダーも、後の二人の冒険者も何が起こっているのか理解できずに戸惑っていた。


「今は忙しいのでご遠慮いただけませんか?」


 シーアの低い声が冷たく響く。後ろの方からは『うらやましい……』とか『あの冷たい声でののしられてみたい』という声が上がっていた。大丈夫かこのギルドの冒険者……。ぼくは勘弁願いたいところだな。シーアが怒るとホント怖いもの。


 突然、上の方から怒鳴り声が響いた。


「ダンドリー! どんな相手でも見た目に惑わされるなと教えただろう!」


 声がした方向を見ると、ちょうど先生が階段を下りてくるところだった。


「し、師匠……」

 赤毛の剣士が口をあんぐりと開いて呟く。

 

「キング師匠!?」

 図体のでっかい男が目を丸くして声を上げる。 


「キングさん!」

 黒髪ロン毛が声を裏返して叫ぶ。


 三人の冒険者それぞれが先生の方を見て驚きの声を上げる。先生と知り合いなのか。


「最初にその娘の立ち姿を見て、舐めて掛かっていい相手じゃないことぐらい少しは察しろ。おまえたちの相手しているメイドは、棒術に関しては俺よりも強いぞ」

 

「えっ!?」


 三人の目が真ん丸に開かれ、それぞれの額から冷や汗が流れ始める。先生は呆れた様子で首を左右に振りながらシーアに声を掛ける。


「ヴィルフェリーシア、離してやってくれんか。こいつらはバカな連中だが、それほど悪い奴らでもない。もの凄くバカだがな」

「わかりました」

 

 シーアは箒による拘束を解いて冒険者を解放する。


「ほら、レディに詫びを入れんか」

「す、すみませんでした」


 三人が頭を下げて謝罪すると、シーアは小さく頷いてそれを受け入れた。


 シーアもそうだけど、この冒険者たちも先生の言うことには素直に従うようだ。先生の言うとおり、バカなだけで悪い人たちではないのだろう。シーアの声からはもう怒りが消えていた。


 ミリアお姉さんがパンと両手を打つ。


「はい。おしまい! さぁ、みんな戻って戻って!」


 不穏だったその場の空気が一気に緩み、遠巻きに見守っていた人たちも元の場所に戻ってそれぞれの会話へと戻っていった。


「師匠、この……方々は?」

 大きな剣を背中に下げた男が、ぼくたちの方を見ながら先生に尋ねる。


「ロイド子爵家のご子息とその従者だ。今後、お前たちも世話になるかもしれんから、せいぜいゴマをすっておくことだな」

「えっ!?」

「子爵家の?」

「師匠の恩人のお子さん!?」

 

 三人はさらに多くの冷や汗を流しながら、何度も何度も頭を下げてきた。ふと、その姿が元の世界の自分の姿と重なって、ぼくはいたたまれなくなってきた。


「ぼくもシーアも、もう怒ってませんから」


 それを聞いた三人は思わず、ほっと溜息を吐き出す。それから、彼らについての話を聞いた。彼らは、駆け出しの冒険者だった頃から何度も先生に命を助けられており、いまでは先生のことを『師匠』と呼んで勝手に弟子入りしているそうだ。


 三人はシーアが目の見えないことを知るともの凄く驚いていた。そしてこの時以降、この冒険者たちは年下のシーアのことを『姉御』と畏敬をもって呼ぶようになったのだけど、それはともかくとして……


 赤毛のダンドリーは片手剣使いでリーダーを務めている。大きな図体で大きな両手剣を背負っているのがデュクス。黒髪ロン毛で黒い瞳のシークは背中に黒い弓を背負っている。


 弓にはどこかで見たことのある怪しげな文様が描かれており、両端に赤い宝石がはめ込まれている。これはもしかして……


「それって魔術弓!?」


 僕は黒髪ロン毛の背負っている弓を見て喰いついた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る