第18話 魔術弓

 屋敷の裏庭で、ぼくはシーク師匠に魔術弓を教わっていた。といっても、今のところは小さい弓で基本の基本を教わっているだけなんだけど。


 魔術弓は、魔石と術式を仕込んだ特殊な弓で扱うには魔術師としての能力が必要となる。魔術弓には加速弓や貫通弓、散弾弓というような特殊な能力が付与されている。


 魔術弓と魔術を仕込んだ特殊な矢を組み合わせることで、様々な効果を発揮することができるのだ。


 ぼくが魔術弓に目を輝かせたのを見た先生はシークに対し、ぼくに弓を教えるよう口添えしてくれた。さらに父上とも相談した結果、シークはぼくの魔術と弓の先生として、定期的に指導してくれることになった。


「坊ちゃんはまだ身体が出来上がってないから、とりあえずはこの小さな弓で取り扱いを覚えるところから始めましょう」


 そういって渡された弓は、ぼくの力でも軽々と引けるもので、当然ながら威力も小さく、矢も少ししか飛ばない。


 もの足りなさそうなぼくの顔を見て、


「気持ちはわかりますよ。でもちょっと見ててください」


 シーク師匠は小さな弓をぼくからとりあげると、流れるような動きで矢をつがえて、そのまま放つ。


 シュッ!


 という音と共に、矢は、ぼくが放つより何倍もの距離を飛んだ。


「凄い!」


 ぼくは思わず感嘆の声を上げた。シーク師匠は弓をぼくに返しながら、


「これがこの弓の元来の飛距離です。正しい姿勢と呼吸、そしてタイミングを掴めるようになれば、坊ちゃんも同じくらい飛ばすことができますよ」

「ホント!?」

「ええ。ですから、まずは弓の扱い方から覚えていきましょう」

 

「魔術も使えるようになる?]

「もちろんです。そうですね……少し見せておいた方がいいかな」


 シーク師匠は、もう一度ぼくから弓を受け取ると、懐から小瓶を取り出し、その中から青い粉を少し指につけ、その手で矢をつがえて絞る。


「我希う聖樹の加護、大気の変異この矢に宿れ、疾風加速」

 シーク師匠が詠唱を繰り返しながら呪文を唱えつつ弓を引き絞る。


「!」

 

 矢が放たれると、先ほどの飛距離を遥かに超え、そのまま屋敷の塀に当たって落ちた。

 

「!!」


 凄い! ぼくは驚きのあまり声すら上げることができなかった。 

 

「今のが加速矢ですね。実践では悠長に呪文を唱える時間なんてありませんから、戦いの前にあらかじめ矢に術を仕込んでおきます。その場合はほぼ無詠唱で矢を射ることができますよ」

「それって、どれくらい練習すればできるようになりますか?」


「そうですね。魔術は当人の持っている魔力や資質に強く影響されるのでなんとも言えませんが、基本の加速弓でだいたい5年くらいでしょうか」

「5年かぁ」


 ぼくは師匠から弓を返してもらい、みようみまねでマネしてみた。


「我希う聖樹の加護、大気の変異この矢に宿れ、疾風加速」

 

 なんとなく、指先に風が集まっている気がする。


「ッ!」


 矢はシュッといい感じの音がして放たれたものの飛距離はそれほど伸びなかった。とは言え、最初の矢よりは長く飛んだからいい。


「なっ……ヴィエトルの粉なしで加速矢を……」


 なぜかシーク師匠が固まっていた。


 ちなみにヴィエトルの粉というのは、魔力の感応度を上げ、矢に宿らせる魔力の効果の持続時間を引き延ばすものだ。そのため魔術弓を使う際はヴィエトルの粉は必須のアイテムとなっている。


 もちろん粉がなくても術を使えないことはないけれど、その場合は威力が落ちるし、何より沢山の魔力と熟練が必要になる。


 つまり今のぼくが放った加速矢は超凄いということだな。むふふ。


 実は魔術弓の話を聞いて飛びついたのは、女神から与えられた加護の中に【魔術弓】スキルがあったからだ。女神によるとこの加護を開花させることができれば、ぼくは名人クラスの腕にまで到達することができるらしい。


 さらに女神は【魔力】についても、優秀と評価される程度になれるよう加護を授けてくれていた。

 

 そのため魔術弓については、本や耳学問で知識をかなり蓄えていた。弓の練習のときに先生が唱えた呪文も、実のところ、とっくの昔に覚えていた。その場でパッと聞き取って覚えたわけではなかったのだ。


 だけど指に風が集まる感覚を覚えたのは初めてのことだった。やはり知識としてではなく、実際にシーク師匠によって放たれた加速矢を見たことが大きかったのだろう。


 シーク師匠は、ぼくがヴィエトルの粉を使わずに、まだ未完成とはいえ加速矢を使ったことに驚いていた。


 シーク師匠はしばらく考えた後、


「どうやら坊ちゃんは、天才的な魔術弓の才能をお持ちのようです。でもだからこそ、基礎の学び方を間違ってしまうと、その才能を大きく損なってしまうことになりかねません」


 というわけで、シーク師匠は今後の修行過程を先生と相談した上で決めていくことにしたらしい。結論がでるまでの間、ぼくには弓の扱い方と基本を繰り返し練習しておくようしっかりと言いつけた。


「基本はいつまでたっても大事です。私だって今でも基本訓練を怠ることはありませんよ」


 さらに続けて、


「といっても、坊ちゃんの年頃だと興味を押さえられないでしょう。なので『ヴィエトルの粉』を使わない加速矢の練習はして構いません。ただし絶対に無理はしないこと。少しでも体の調子がおかしいと思ったら止めて私かキングスレイ先生にすぐに相談してください。詠唱は基本通り一字一句違えず、矢は真っすぐ前に、早く遠く飛ばすことだけに集中すること」


 例えば魔力を使って矢の方向を曲げるとか、そういう独自の工夫を基礎ができていないうちにしてしまうと、後から修正できなくなるかもしれないということだった。


 ぼくはシーク師匠の言いつけを守って、ひたすら弓の基本練習と加速矢の強化に励んだ。夢中になっているうちに、いつの間にか妹と弟も一緒に弓の練習に加わるようになっていた。


 シーク師匠に師事して2年を過ぎる頃には、ぼくら三人は小さな弓の名手になっていた。そしてぼくの加速矢は、初めて先生が見せてくれたのと同じくらいの威力が出せるようになった。


 もちろんヴィエトルの粉は使わずにだ。

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