第16話 冒険者ギルド

 このまま異世界でのんびり人生を送りたいところだが、実際のところ、魔王が討伐されるまではそんなこと言ってられないという事実には直面せざるを得ない。


 魔王がいつ現れるかわからない以上、逆にいつ現れても大丈夫なように万全な態勢を早急に整えていきたい。


 といっても今できることはそう多くない。とりあえず10歳になったら、王都にある勇者の支援者育成を目的とした学校への入学が許されるようになるので、それを当面の目標とすることにした。


 この学校はウルス王時代のぼくが設立したもので、意志と実力や才能があれば誰でも入学することができる。貴族枠は基本的に多額の寄付金さえ出せれば入学することが可能だ。


 勇者の支援は非常に誉れ高い行為であるとされているので、名誉を求めて入学を希望する貴族や大商人の子弟は多い。


 しかし寄付金が用意できない場合、入学はかなり狭き門となる。庶民の入学と同じく難しい試験をクリアする必要があるからだ。特に実技試験については、少なくともこれまでの前世の記憶はあまり役に立ちそうにない。


「また本を読んでおられるのですね」


 そう言ってシーアがそっとお茶を差し出してくれた。ぼくは本を閉じて、お茶タイムに入ることにする。


「知っておかなくちゃならないことが沢山あるからね」

「キース坊ちゃまは、きっと大賢者さまになられるのですね」


 シーアがぼくの頭を優しく撫でる。途端に心がホワホワと暖かくなってくると同時に眠気が近づいてきた。いかんいかん。今日はまだ調べなきゃならないことがあるのだ。


「シーア、ここに座って!」

「はい」


 シーアがソファに腰かけると、ぼくはその膝の上に座って背中をシーアに持たれかかり、彼女の左腕をとって自分のお腹に回す。こうしてお腹の冷えを防ぐことに成功したぼくは読書を再開する。


 時々、後頭部でシーアの胸の柔らかさを確認したり、彼女の手のひらをニギニギしたり、銀の髪を弄ったりしながら、本を読み進めていく。


 シーアはシーアで、空いた片手でぼくの頭を撫でたり、匂いを嗅いだりしていた。匂いを嗅ぐのは勘弁して欲しいけど……まぁいいか。


 静かな時が過ぎ、いつの間にかぼくは眠ってしまっていた。ふと目が覚めたときは、ベッドの上だった。


――――――

―――


 翌日、先生が街の冒険者ギルドに顔を出すというので、シーアと一緒に付いていくことにした。


 辺境の小さな街だけど、王都への街道が通っているし、一応は港もあって人々の往来は多い。そのため街に出れば王都の状況や魔物についての情報を集めることもできなくはない。


 日頃から、機会があったらなるべく一緒に街へ連れて行ってもらえるよう、先生には駄々を……丁寧にお願いを続けていた。ぼくがあんまりうるさく言うので、最近では街に出る際は先生の方から声を掛けてくれる。


 冒険者ギルドに付くと、先生は受付や顔見知りに軽く手を振って挨拶して、そのまま二階にあるギルドマスターの部屋に向かった。


「俺はギルドマスターに挨拶してくるから、お前たちは下で待っているんだぞ」

「はーい!」

「かしこまりました」


 この冒険者ギルドでは、先生はもちろんぼくとシーアも顔が知られていた。その理由は、先生がこの辺では見られない高ランクの冒険者であり、ぼくは領主の息子で、シーアはこの周辺でも噂に上るほどの美人さんだったからだ。


 地元や顔なじみの冒険者連中は、冒険自慢や大陸各地の状況についてぼくにいろいろ話をしてくれる。彼らのお目当てはシーアだ。ぼくと話しをしている間は近くで存分にシーアを眺めることができるから。


「へぇ! ジグラットさんたちオーガ討伐に成功したの! 凄いや!」

「ま、まぁ意外と大したことなかったけどな」


「フローネさん、コボルトのいる東の山に入って赤熱石の採取に成功したんだ! 初クエスト大成功おめでとう! いいな、ぼくも一緒に行ってみたいな!」

「ふふ。キースくん、ありがと!」


 初級から上級までクラスを問わず、どんな冒険者の話も目をキラキラさせて褒めちぎるぼくも、それなりに冒険者たちに人気があった。特に男性冒険者はシーアの目の前で褒めて貰いたくて、向こうの方から積極的に声をかけてくる。


「森に棲んでる魔物の話を聞かせてくれるの? ありがとうグロースさん! ねっ、シーア! グロースさんって凄く親切だよね!」

「はい。グロース様、坊ちゃまのためにお手を割いて頂いてありがとうございました」

「い、いやぁぁ、そんなこと全然大したことないですよ。ハハハ!」


 有益な情報を教えてくれた冒険者には、もれなくシーアの微笑みとお礼の言葉が付いてくる。優雅に頭を下げて微笑むシーアを見て、周りの男性冒険者から思わずため息が漏れた。


「えーーっ! ミリアお姉ちゃん、この月影草もらっていいの!? これ危険なところにしか生えてないやつでしょ!?」

「いいのよ。キースくん、欲しがってたから。また採ってくるよ」

「ありがとう! ミリアお姉ちゃん! でも無理しちゃだめだよ! お姉ちゃんが怪我しちゃったらぼくいやだよ!」

「はいはい! わかった、わかった!」


 ぼくの頭をくしゃくしゃになでながら、ミリアお姉ちゃんが笑顔で答えた。ぼくのあざとい可愛さ演出なんて、ほとんどの冒険者たちは見抜いているだろう。


 しかし、命懸けの荒っぽい日々を送っている彼らは、ぼくみたいな子どもに全方位から褒められるような経験がほとんどない。そもそもギルドに子供が来ることはまずないからな。


「ほんとに気を付けてよ! ほんとだよ!」

「うんうん」


 そんなわけで、ぼくとシーアがこのギルドに来ると、冒険者もギルドの人達もいつだって暖かく歓迎してくれた。


――――――

―――


 バンッ! という音がして、冒険者ギルドの入り口扉が乱暴に開かれる。見慣れない冒険者の一行が入ってきた。先頭にいた男がシーアの存在に気が付いて近づいてくる。

 

「ここのギルドには専属のメイドさんでもいるのか? それとも魔物退治の依頼かな? なんなら俺たちがそのクエスト受けてやってもイ・イ・ZE☆」

 リーダー格らしき赤毛の男が、キザったらしく言う。


「美人を見るとすぐこれでござる」

 図体のデカイ男が呆れたようにつぶやく。 


「おい! どうでもいいが先にギルドの受付を済ませてからにしろ」

 黒髪ロン毛で黒い瞳の男がイラ立った声で文句を言った。 


 しかしリーダー格の男の耳にはまったく届いていないようだった。


 外からやってきた冒険者の場合、こういうのはそう珍しくない。



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