第10話 セクハラ

 ラローリー婦人の告発は当初、王国の民である領民を自らの享楽のために殺害したことに対して行われる予定だった。隣国サマワールの貴族殺害は偶然が重なった結果に過ぎなかった。


 他国とは言え貴族を殺害したラローリー婦人に対する悪評は瞬く間に広まり、奴隷や領民だけでなく貴族でさえ婦人の所業を強く非難した。


 怯えた奴隷たちが、主人である貴族や商人に反抗して殺害にまで至る事件が発生するようになる。


 こうした混乱が拡大する前に、俺は王国中に『奴隷への不当な虐待はこれを許さぬ』という布告を出し、『奴隷は城、奴隷は石垣……』のシンゲン宣言を広く知らしめた。


「あの布告以降、奴隷育成制度に反対だった貴族たちは一斉に鳴りを潜めましたからね」

「だが賛成に意見を変えたというわけではないだろう。実績を積み重ねていって、奴隷を大事に扱った方が利益を生むということを地道に覚らせていくしかない」

「陛下のおっしゃる通りです。ただ、以前とは違って制度改革への露骨な妨害や嫌がらせはなくなりました。正直なところ、それだけでも大変ありがたいと思います」


「まだまだ苦労を掛けるがよろしく頼むぞ」

「もちろんです。王と王の民に栄えあれ」


――――――

―――


~ ラヴェンナ大聖堂 ~


 この王都にある大聖堂には、女神ラヴェンナが魔王を倒すため勇者に授けた『聖具』と呼ばれる聖剣と鎧具、指輪が保管されている。


「ふんぬぉぉぉぉ!」


 防具はそれぞれ台座の上に乗せられているが、勇者以外のものでは持ち上げることさえできないとされている。そのため保管場所を移すためには数十人がかりで台座ごと動かすしかない。 

 

「うほぉぉぉぉん!」


 聖具を身に着けて勇者として認められれば、栄誉と金のみならず王国から魔王討伐の全面的バックアップが得られるとあって、毎日のように挑戦者が来ていた。


 そのため祈りの時間以外に大聖堂を訪れると、挑戦者の奇声が響いているという司祭たちにとっては由々しき事態となっている。


 また、いつの間にか勇者になったら王の孫娘アルテシアと結婚できるという噂まで広まっているらしく、それを目当てに挑戦する不届き者も増えているらしい。


 馬鹿が! その穢れなき輝くような美しさから、明けの明星と称えられるアルテシアと結婚するのは俺に決まっているだろう!


 俺なんかアルテシアが小さい頃に『大きくなったらおじいちゃんと結婚する!』と婚約まで交わしているのだぞ。

 

 もし勇者がアルテシアと結婚するというなら――


 俺が勇者をぶっ潰す!


「カシマさま」

 

 隣にいる黒髪の女剣士が俺の偽名を使って呼び掛けてきた。その鋭く細い目から放たれる眼光を見て我に返った俺は、お忍びでこの大聖堂を訪れていたことを思い出し、彼女に頷くとそのまま司祭の前へと進み出た。


 今ならもしかして聖具を動かせるのではないか? そんな希望を捨て切れず、俺は定期的に大聖堂を訪れては聖具に挑戦していた。


 ただ失敗したとき恥ずかしいので、お忍びという形をとっている。隣のカルラは、俺が無茶しないようにと王妃が付けたお目付け役だ

 

「陛下……ではなく冒険者様、聖具の前へどうぞ」


 見分役の司祭がいささかうんざりとした調子で、聖具に挑戦するよう俺に告げた。お忍びと言っても大聖堂の人間にはバレバレである。


「ぐおぉぉぉぉぉぉ!」


 いつものように俺は端からひとつずつ挑戦していくが、結果はいつも通り1ミリも動かすことは叶わなかった。俺は聖具の前から退いて聖堂内の椅子に腰かける。


「……くそっ!」

「ご満足なされましたか? それでは次の冒険者様、聖具の前へ」


 かなり無様な姿をさらしたが、挑戦者たちのそんな姿を毎日飽きるほど見続けている司祭は淡々と次の冒険者の見分を進めていく。


 カルラの方はと見てみれば、真っ赤にした顔を隠しながら笑うのを必死に我慢していた。


 物凄く腹が立ったものの、ここで怒ると却って余計な燃料を投下してしまうことになるのでグッと堪えることに……するつもりだったが我慢できなかった。


「行くぞ!」

「きゃっ!?」


 笑いを隠すために俺から顔を背けているカルラの尻を、立ち上がりざまに撫でてやった。訂正する。撫でまわしてやった。


 セクハラという言葉はこの世界には存在しないし、何しろ俺は超権力者なので超問題ない。


 だがきっと後から王妃の長い説教があるだろうことを考えると、今かなり後悔していることは正直なところ認めざるを得ない。

 

「カルラよ、いつまでふくれっ面で睨んでいるのだ。その顔もまた美しいとは思うが、通りすがりの連中がまるで俺がお前に酷いことをしたと勘違いするではないか」

「陛下……カシマさまは酷いことをしました!」

「馬鹿な。ジジイの尻撫では乳を大きくする効果があることを知らんのか」

 

 カルラの美しい眉がピクリと動いた。カルラは細身のスラリとした美人だが、なぜか巨乳に対して憧れというかコンプレックスを持っている。


 決してちっパイというわけでもないのに、どうしてそうも胸の大きさを気にしているのかはよくわからない。

 

 そのことを知っている俺は悪いとは思いつつも、つい虫の居所が悪いときにはからかってしまうことがあった。


「胸が大きく……それは本当ですか!? これは王妃様に確認しなくては」

「わかった。昼は好きなものを好きなだけご馳走しようじゃないか。だからそれはやめなさい」

 

 いくら彼女をからかったところで結局のところは、その代償を俺は支払うハメになるのだが。


 その日は、カルラに連れまわされて高級料理店を2件はしごした後、さらに王妃に贈るお土産の買い物に付き合わされた。


 聖具への挑戦で体力と気力を奪われくたくたになった俺は、城に戻った後で王妃に呼び出され、2時間の説教を喰らうことになる。

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