第8話 公認ギルド

 俺は自分が勇者になるのを諦め、他にできることを徹底して実行することにした。


 勇者ではないので、当然ながら勇者として女神の加護は受けられず、勇者固有スキルもなかったが、その替わり俺には巨大な権力が手中にあった。さらに王位継承権をちらつかせることで王族や貴族たちを動かすことも容易いことだった。


 ウルス王に転生してからこの2年間、俺は手にした利点を最大限に活かして魔王との対決に備えることに専念してきた。


 これまでにあった様々な出来事を思い返していると、傍に控えていたエルヴァス近衛騎士長が声をかけてきた。


「陛下が大聖堂で絶叫してから、もう2年になりますか」

「お前はその話を何度も部下に聞かせて笑いを取っているそうじゃないか。王の威厳について少しは気を廻して欲しいものだな、エルヴァス近衛騎士長殿」


「昔と比べて陛下は随分とお優しくなられた。そんな陛下をみんなお慕いもうしているのですよ」

「どうだかな。それで? 俺の失態に続く者は今日もいるのか?」


 大聖堂での失態後、俺は聖具を動かすことができた者、つまり勇者に対して多大な報奨金を与え、さらに魔王討伐のために必要なバックアップを王国が全面的に行うことを宣言した。


 司祭には挑戦を希望するものには誰にでもその機会を与えるように命じてある。


「はい。本日の挑戦者は、王国のものが5名、他国の冒険者が4名、その中には亜人も1名入っているようです」

「そうか」


 聖具の挑戦は王国以外のものでも、また亜人であっても受けることができる。成功して勇者になれば、聖具の力と栄誉、莫大な金が得られるということから、日々多くの者が大聖堂を訪れていた。しかし2年を費やして未だ勇者が見つからない。

 

「早く勇者がみつかると良いのだが……」

「そうですね。それにしても、勇者や魔王など本当に現れるのでしょうか。いまさらではありますが」


 エルヴァスの疑念はもっともだ。前に魔王が現れたのはもう二百年以上昔のことであり、今では遥か昔の歴史として語られるものでしかなかった。


 多くの人々にとって魔王は物語に登場する架空の存在でしかないのだ。


 俺は女神の願いによって、こうして転生苦労させられているから、当然のように魔王が現れるものと思っているが、それでも面と向かって「絶対に現れるのですか?」と尋ねられたら、自信を持って答えるのは難しい。


 何しろあのうっかり女神のことだ、魔王の存在自体が勘違いだったという可能性も否定することはできない。


 ところがそんな俺とは違いウルス王の記憶は魔王の襲来を確信していた。この世界には魔物や人間に敵対する魔族が存在している。


 それぞれ孤立している彼らを束ねる者が現れたとしたら、それはまさに魔王と呼ぶべき脅威となるはずだ。

 

「わからん。だが勇者はいなくても、いつの日か必ず魔王は現れてこの大陸に災厄をもたらす。だから今はその時に備えて王国をより強くし、連合王国の結束を盤石なものにしておく必要があるのだ」

「はっ! 王と王の民に栄えあれ!」

 

 畏まって敬礼を取ったエルヴァスに手を振り、引き続き魔王の調査と捜索を進めておくよう言い渡してから、俺は玉座を立った。  


 俺は宮廷魔術師長マリーネの部屋へ向かいながら、この2年間の成果について思いを巡らせた。勇者が活躍できる環境づくりと奴隷制度の改革についてはこの2年でかなり進めることができたと自負している。


 たとえば冒険者ギルドの整備。これまでのギルドは個人によって運営されていたため、ギルド毎に受注できるクエストやサービスはバラバラだった。


 そこで俺は一定の条件をクリアしたギルドに対し、王国による公認を与えて質の向上を図るとともに、クエストに関する情報を国で一元管理できるようにした。


 公認を受けたギルドには冒険者能力鑑定士が必ず一人配置される。鑑定士は王国の統一マニュアルに従い冒険者の能力を査定する。そうしてステータスやスキルを評価し、結果を記入したギルドシートを発行する。


 結果によって冒険者のクラス分けが行なわれ。クラスにはブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、そしてミスリルに分類される。


 そしてクラスに応じた冒険者筒が支給され、これにギルドシートを丸めて収め首から下げるのだ。冒険者筒の先端は笛になっており、クラス毎に微妙に音程が違っている。


 クラスはあくまでも目安ではあるが、冒険者が実力とかけ離れたクエストを受注してしまうことを防ぐことができる。これによって、その成長に合わせた適切なクエストで実力をあげていくことができるはずだ。


――――――

―――


「ステータス!と叫んだら、視界にその人間の能力が数値で浮かんでくるようにできないか?」


 転生後に初めて宮廷魔術師長のマリーネの執務室を訪れた際、俺は期待に目を輝かせながらこう尋ねたことがある。マリーネはエルヴァスと共に何度も戦場を駆け抜けた戦友であり、優れた戦略魔術師だった。


「それは幻覚魔術の類ということでしょうか」

「そうそう。それでピッとするとステータスやスキルがパパッとこう目の前に広がるわけだ」


 俺は目の前で腕を動かしてみせながらステータス画面のイメージをマリーネに伝える。


「ふむ。幻覚魔術ではせいぜい『それを見た気にする』程度でしょうね。そもそも魔術に頼らずとも普通にギルドシートを確認すれば済むことでは?」

「それじゃつまらん。お前は凄い魔術師のくせして、昔からイマジネーションが足りてないな」


「むっ。それは私に対して喧嘩を売ってくださっていると思ってよろしいですね。いいでしょう買わせていただきます」


 前方に手をかざしてファイアストームの詠唱を始めるマリーネに、俺は両手を挙げて降参の意を示す。これはいつものやり取りなので、控えの者を始めこの部屋にいる他の魔術師たちもやれやれという感じで笑っていた。


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