第7話 やるべきこと
うん。気持ちを切り替えていこう。そう自分に言い聞かせて行動することにする。
前回の奴隷少年時代と違って、今度は老いたりとはいえ大国の王。できることは幾らでもあるはずだ。
魔王がいつ現れるかわからないが、うっかり女神の話を信じるならまだ何年か先のことだろう。あの女神のことだ、ややもすれば俺が生きている間には現れないかもしれない。
もしできるなら魔王の芽を摘んでしまう方法も試してみようと思っている。ウルス王の力なら、幼年期の魔王を見つけることだってできるかもしれない。何しろやれることは全部やってみよう。
「諦めたらそこで終わりだからな!」
「陛下!?」
俺がいきなり大声を上げてしまったので、隣にいた王妃を驚かせてしまった。
「いやすまん。考え事をしていてな」
王が健康を回復したと聞きつけて、王族や貴族だけでなく、連合諸国からも毎日のように使者が訪れる。
もちろん単なるお見舞いではない。王位継承について全員が何かしら腹に抱えているのはわかっている。正直なところ、あまりにも露骨過ぎて辟易とするばかりだ。
そうした日々の面会を適当にこなしつつ、俺はこれからやるべきことを整理していった。ざっとこんな感じだ。
・聖具を手に入れて勇者になる。
・勇者が活躍できる環境づくり。
・魔王の調査。可能なら発見次第これを駆逐。
・労働環境改善を主軸とした奴隷制度改革。
何よりまずは聖具を手に入れて、予定より早く魔王が出現した場合でも対応ができるようにする。同時に、勇者としての力を十分に発揮できる環境を整えていくつもりだ。
魔王については早急にその所在を特定して、可能であれば芽が出る前に潰してしまいたい。
奴隷制度については前世の辛い経験もあるので、最初は奴隷解放までやってしまいたいと考えていた。
しかし検討を進めるに従って、食糧を始めとしてあらゆるモノの生産能力が低く、天災に対しても虚弱な今の世界では、どうしても奴隷に頼らざる得ないという実状も理解するようになった。
こんな状況で奴隷解放なんて掲げたら国中が戦火に包まれかねない。
そこで、とりあえず奴隷を家畜以下の扱いとする状況を改めさせることから始めることにした。
奴隷を大事に扱って、彼らの生活環境を改善する投資を行うことで労働生産性が上がり、さらには彼らから忠誠心を得ることができる。そのことを王侯貴族に理解させれば、後は勝手に改革が進んでいくだろう。
やるべきことは山のようにあるが、俺はまず手近なところから手をつけていくことにした。
「ふむ。まずはすぐに出来る『聖具』の入手からいくか」
「はい? 『聖具』とおっしゃられましたか? すぐに出来る?」
近衛騎士長のエルヴァスが、素っ頓狂な声を上げて俺に尋ねる。エルヴァスは長年に渡って共に戦場を駆け抜けてきた盟友であり、信頼できる臣下の一人だ。俺より6つ年下ではあるが、互いにジジイであることに変わりはない。
「まだ耳が遠くはなっていないようだな、エルヴァス。そうだ!今から『聖具』を受け取りに行くぞ」
「陛下はこれまで何度も聖具に挑戦して失敗しているではありませんか」
「そうだな。しかし、今なら聖具に受け入れられるような気がするのだ」
「わかりました! それでは早速、大聖堂に連絡いたしましょう」
エルヴァスの表情には、俺がきまぐれに何か面白いことを始めようとしているのだと確信していることがありありと見えた。
まぁ、失敗する様子を脳裏に思い描いているのだろう。それはそれで仕方がない、エルヴァスは俺が勇者転生していることを知らないのだから。
――――――
―――
―
大聖堂。
「んごぉぉぉぉぉぉ!」
俺は聖剣を持ち上げようと顔を真っ赤にして奮闘するが、1ミリも動かすことができなかった。その場にいた全員が俺から顔を背け、口元に手をやって噴き出すのを堪えているのが先程からチラチラ見える。
笑った奴らは後で死刑に処そう。
「ぐぬぅぅぅぅぅぅ!」
聖なる兜も鎧も小手もグリーブも全く動かすことができなかった。エルヴァスは大爆笑し、司祭やシスターらも肩を震わせている。同行していた王妃まで口元に手を当てて笑っていた。
畜生! みんな覚えてろ!
「んほぉぉぉぉぉぉ!」
一番小さくて動かせそうに見えた聖なる指輪でさえ、微動だにさせることはできなかった。
頭に血が上り過ぎて額に血管が浮き出るようになると、さすがに王妃が顔を真っ青にして俺に駆け寄ってきて、これ以上の挑戦を止めるよう懇願してきた。
「むぅ。何故だ……」
「お身体に触ります。お願いですからもうお止めになって」
俺を心配するあまり王妃の顔が青ざめていた。仕方がない。俺は司祭に向かって挑戦を断念する旨を伝えた。
「数多の戦場を勇猛に駆け抜けた炎王ウルスであってさえ聖具はその身を預けようとしませぬ。未だ見ぬ勇者とはいかばかりの猛者でありましょうな」
遠い目をしてそう言う司祭に対して、俺は少しでもくやしさを紛らわそうと適当に言葉を返す。
「そうだな。しかし、意外と非力そうな少女が軽々と聖剣を掲げるのかも知れんぞ」
「女神の加護なれば、そういうこともあるやもしれませぬ」
いや、自分で言っておいてなんだが、そんなことはないはずだ……。俺は聖堂の最奥部に立つ大きな女神ラヴェンナ像を睨みつけながら、心の中でポンコツ女神に罵詈雑言を浴びせかけた。
あのルーキー、またやらかしやがったな。俺をこの老体に転生させただけじゃなく、勇者転生にも失敗してるじゃねーか! つまり今の俺は……
ただのジジイじゃねーかよ!
「ちっきしょーめぇぇぇ!」
俺の悔しい気持ちが精一杯に込められた魂の叫びが大聖堂に響き渡った。
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