第6話 二度目の転生
「転生先については、ある程度こちらの希望を聞いてもらっていいかな?」
俺は女神に対して、言外に『絶対に断るなよ!』と圧を与えつつ、いかにもわざとらしい笑顔を作って女神に向けた。
「ヒィィッ! は、はい。なるべく努力いたしますです。なので、そのような怖い笑顔で脅すのはやめてください」
「そうか。別に難しい注文ではないと思うぞ」
「そうなんですか……」
「そうだな。王様とか有力貴族の息子とか、最初から金と権力を持つことができそうな環境がいいな」
「はぁ、お金と権力ですか……」
女神の反応になんとなくイラッとした俺はさらに言葉を足す。
「ああ。転生したその日から生きるためだけに必死で朝から朝まで働き続ける。そんなことを強いられるのはもう勘弁してもらいたいからな」
「で、ですよねー」
俺のジト目を避けるようにして女神が何事かブツブツ言って考え事を始めた。一応、検討はしてくれているのか。そのまましばらく待っていると、
「それじゃ早速、始めますね。えっと、王様か大貴族のご子息でしたね」
「ああ。できれば美人でブラコンの姉か妹と可愛い幼馴染も頼む」
「そういうのは、ちょっと難しいです。えっと、ここはこうして……ブツブツ」
俺としては奴隷にされたお詫びとして、ちょっとくらいサービスして欲しいところだったが。
「あっ、これじゃ受付られないか。うーん、おうさま、おうさまっと……」
転生先の設定に難儀しているのか、時折「ブブッ」とエラー音のようなものが聞こえてくる。
まぁ、この女神に過度な期待は禁物。贅沢は言わず、なるべく女神への負担を減らしておくのが吉だな。
「あっ、王様で設定できたわ! これで……よし!」
ふむ。転生先は王様の息子か、それならかなり早い段階で勇者として活躍し始めることができそうだな。
「そういえば勇者転生って、転生後すぐに勇者ということでいいか? 両親とか周りの人間も、転生した俺をすぐに勇者として認めてくれるのか?」
「勇者として認められるためには、聖具を得る必要があります。聖具は勇者にしか身に着けることができませんから」
「それはどこにあるんだ?」
「私を信仰する教会が管理しています。鹿嶋さんご自身が、勇者として活躍する準備が整ったと思ったら訪ねてみてください」
「わかった。それと……」
質問を続けようとして女神に顔を向けると、いきなり女神の顔が青ざめて、その額にはマンガの黒い線のようなものが何本も伸びているのが見えた。
「や、やっちゃいました」
「転生シーケンス開始します」
女神の言葉に続いて機械音声が転生の開始を告げる。
「またか!」
うっかり女神の神レベルの超うっかりさに呆れはしたものの、今度の俺は全く焦ってはいなかった。何しろ転生先は王族の息子だ。
もちろん魔王に立ち向かうのは大変なことではあるだろう。しかし、3年に及ぶ奴隷時代の苦難は俺の心を鍛えてくれていた。どんな障壁もきっと乗り越えられる。
「ごごごごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
「はぁ、仕方ねぇな」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
「もういいよ。なるべく期待に応えられるように頑張ってくるから」
女神はひたすら頭を下げて謝り続けていた。そこまで必死にならなくてもいいのに。
「……4……3」
女神が顔を上げて飛んでもないことを口走った。
「転生先を王様の息子じゃなくて、王様にしちゃいました」
「はぁっ!?」
世界が真っ白に……。
――――――
―――
―
ゴンドワルナ大陸にある四大強国のひとつボルヤーグ連合王国。
来るべき魔王の脅威に対抗するために南方の小国をまとめ上げた炎王ウルスも、齢を重ね続けて来た今となっては老いに勝つことができず、一日の大半を玉座と寝所で過ごすようになっていた。
国政は有能な臣下によって担われており、今では王が直接に判断を求められるようなことは少なくなってきてはいる。とはいえ、王には未だ重要な仕事が残されていた。
そのひとつが跡継ぎ問題だ。
最愛の長子が亡くなったのは先月のこと。ウルス王が悲しみの涙を流す間もなく、次の王位継承権を巡って争いの火ぶたが落とされる。
今では、王族や貴族たちが誰はばからず、王の目の前でさえ醜悪な争いを繰り返すようになっていた。
そして今日。心労が積み重なった王はついに倒れてしまい、そのまま昏睡状態に陥ってしまった。
王宮中が大騒ぎとなったものの、幸いなことに王の意識は数時間で戻り、今では心身共に落ち着いた状態となっている。
……それにしても
俺はおもむろにベッドから起き上がって、周りに集まっている連中の一人ひとりに顔を向けた。
「おおっ」
周囲がどよめく。
俺は身体の状態を確認するため、ベッドから降りて軽くストレッチをした。〖完全治癒〗によって健康状態は万全なものになっているらしく、身体の調子はすこぶる良い。
若い頃から数多くの戦場を駆け抜けてきたウルス王の身体は、老いたりとは言えまるで鋼のように強靭だった。
「おおっ」
「陛下ぁぁ!」
「「父上!」」
「叔父上!」
俺が何かしら動作する度にその場にいる全員がざわめく。
「あなた……」
おばあさん……いや王妃が俺の前に進み出て、両手で俺の頬を包む。彼女の両目には涙が溢れ、次々と流れ落ちて行った。
「正直、困った」というのが率直な感想なのだが、俺はウルス王としての記憶も持っている。その記憶は他人のものを見ているかのような感じで、あまり感情が揺さぶられることはない。
しかし、王妃が最愛の息子を失って悲しむ姿を見ていたウルス王の記憶に頼るまでもなく、長年連れ添ってきた夫までも失うところだった彼女の気持ちは察するに余りがある。
俺は頬に添えられた王妃の手を握り、それから彼女を腕の中に抱き入れ、彼女が落ち着くまでそのまま静かに待っていた。
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