第5話 日本に帰りたい

 天上界の時間がどのような流れ方をしているのかわからないが、体感的にはかなーり長い間、俺と女神は黙って視線を交わしていた。というか俺が女神を睨み付けていた。


「あっ、あのぉ……」


 気まずい沈黙に耐えられなくなった女神が、この場の空気を変えようと話をし始めようとしたので、


「魔王は倒せませんでしたぁぁ!」


 俺はそこに声を被せるようにして現状報告した。大声で! 頭も90度下げて! もちろん嫌味で!


「す、すみません! そうですよね! すみません! ごめんなさい!」

「奴隷少年に転生して、毎日毎日必死で頑張ってきましたが、どうやら言葉の通り奴隷人生でしたぁぁ!」

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! 反省してます!」

 

 女神はひたすら頭を下げて俺に謝り続けた。


 そんな女神の様子を見て、俺はふと元世界の後輩を思い出す。後輩が失敗をやらかしたときもそうだったが、これ以上はいくら追い込んだって何ひとつ良いことはない……ことを経験から俺は知っていた。


 まぁ、本当に反省しているのであれば一緒に問題に向き合って、後はそれを乗り越えるためにちょっとだけ背中を押してやればいい。


「一応、反省しているらしいことは伝わったよ」

「本当にごめんなさい」


 俺は軽く頷いて、女神の謝罪を受け入れた。そう。いま大事なことは女神と協力して魔王を倒すことだ。


 それはたぶん簡単な道のりではないだろう。次は俺がミスをするかもしれない。だからきっと、お互いがフォローできる関係を作ることが一番必要なことなんだ。


「俺が転生する直前に『やっちゃった』とか言ってたよな。あれはどういうことだったんだ?」

「え……っと。端的に申し上げますと、勇者転生のために必要な〖設定〗が終わっていない段階で、転生シーケンスを走らせてしまって、それでその……勇者転生ではなく只の転生になってしまったという次第です。ごめんなさい」

 

 つまり、ルーキー女神が初めての転生でテンパって、必要な手順をすっ飛ばしてしまったということか。


「なら、今度は落ち着いて一つ一つの手順を確認しながらやれば、ミスは防げるってことだな」

「はい。そのつもりです。今度は絶対大丈夫ですから!」


 『絶対』という言葉を軽々しく使う女神に対し、俺の頭の中では警報が鳴り響いていたが、ここはとりあえず色々聞きたいことを先に聞いておくことにする。


「それで、魔王の方は今どんな状況なんだ。俺が過ごしたでは、誰からも魔王についての具体的な話を聞かなかったぞ」


 そう。転生した世界において、魔王という存在はおとぎ話の中にしか登場せず、実在する脅威として語られるのを耳にしたことは一度もなかった。


「まぁ、俺は奴隷だったし、子供だったからかもしれないが」

「ひぃぃ。ご、ごめんなさいぃぃ」


 言葉の端々にちょいちょい皮肉が入ってしまうが、俺には如何ともしがたい。楽しいし。


「だ、大丈夫ですよ。魔王の脅威が本格的に大陸に知れ渡るようになるのは、まだまだ先になると思います」

「なんだか呑気な話だな。それなら魔王が誕生するのを待ってから、勇者を転生させればいいんじゃないのか?」

 

 勇者の力がどのようなものか知らないが、魔王を倒す力があるのなら、魔王が現れてから転生させればいいじゃないか。まぁ、誰かが魔王になる前にその芽を潰してしまうのもひとつの方法ではあるが。  


「いえ。勇者の持つ聖具や一部のスキルは、多くの人々が勇者を通して私に寄せる信仰の力が土台になっています。そのため、勇者にはなるべく早く転生して活躍してもらい、その名声と共に私の信仰を強めていただくことが大切なのです」


「人々の信仰って……そんな抽象的なものが簡単に得られるものなのか? 下手すれば何十年、いや何百年も掛かったりするんじゃないのか。それとも、勇者は人々を惹き付ける【カリスマ】スキルみたいなのを持っていたりするのか」


「いえ。私のようなルーキーにそのようなスキルを与える力はありません」

「つまり、地道にやっていくしか方法はないってこと?」

「はい。その通りですよ。千里の道も一歩からと言います」

「ちょっと待て」

 

 ということは、前回のやらかし転生は……。

 

「奴隷少年として生きた3年間は? これって勇者の力をアップするための貴重な時間を無駄にしたってこと?」

「そうな……いえいえいえいえ!」


 女神の目が泳ぐ。これは明らかに言い訳を考えているな。


「か、鹿島様におかれましては、奴隷という最底辺の生活を通して、この世界について沢山のことをお学びになられたわけですので……人生経験? 人間の器と言いますか……そ、そうです! 人間力を大きく広くアップさせることができたということです……しおすし?」

 

 このトンデモ女神! やっぱり勇者として力を蓄えるべき時間を無駄にしたってことじゃないか!

 

「てめぇ貴重な時間を無駄にしやがって!」

 

 女神も女神だけど、とうとう俺も女神を「てめぇ」呼ばわりしてしまった。そのくらい頭に来ていた。


「ま、まぁ、誰にでも失敗はありますしね。ねっ」

「お前が言うな!」


「こ、今度はちゃんとやりますから! ホント! 絶対!」


 ヤバイ……日本に帰りたい!


 俺は心底そう思った。

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