第4話 闇夜の魔女

 俺たちの周囲にはいつの間にか沢山の青白い光が集っていた。


 闇夜の魔女と呼ばれて恐れられているヴィドゴニアだ。人里離れた森の奥や湿地に住んでおり、夜中に穴倉から這い出しては旅人や迷い人にまとわりついて害を為す。


 言い伝えでは、願い事を叶える替わりに、その人から大事なものを奪うとされている魔物だ。


「迷い子よ。お前の願いを言ってごらん」

「私たちが叶えてやろう。その代わり……」

「願いに応じた何かを貰う。大事な何かをいただくよ」


 俺たちの周りを廻りながら、目を青く輝かせたヴィドゴニアたちが方々から語り掛けてくる。言い伝えによれば、ヴィドゴニアに見つかる前に自分の周囲に円を描き、その中で声を潜めて夜明けを待てば難を逃れることができるとされている。


 しかし、俺たちは既に見つかってしまっていた。


「それならこの人をたす……」

「俺たちをこの森から出してくれ!」


 少女が命を伴う願いを口にしようとしたので、俺はそれを遮って願いを大声で叫んだ。なんとか力を振り絞って彼女を引き寄せてもう片方の手でその口を塞ぐ。


 思ったより身体が動いて驚いたが、痺れ自体は先ほどより身体の全体に広がってきている。残念ながら毒が消えてくれたわけではなさそうだった。


「俺たちをこの森から出してくれ!」


 森から出てしまうと冒険者に見つかる可能性が高くなるが、ここよりはきっと安全だ。ヴィドゴニアたちは動きを止めてじっと俺たちを見つめる。青白く光る眼を持つものが五体。もしかするとまだ暗闇の中に潜んでいるかもしれない。


「その願いを叶えよう。では、お前の【見る】を寄こせ」

「取引成立だ! 俺の【見る】をやるから、俺たちをこの森から出せ!」

 

 その瞬間、俺の視力は失われ何も見えなくなった。突然の出来事に俺はまともに息をすることができなくなる。


「これじゃ足りない。その娘の【見る】も寄こせ!」

 

 次の瞬間、俺の腕の中で少女が大きく悲鳴を上げる。つい先ほど自分が経験したことだから気持ちが痛い程わかる。俺は動揺する彼女を抱き締めてなんとか落ち着かせようとした。


「話が違う! この娘の目を戻して、さっさと俺たちを森から出せ!」

「願いはもう叶えた」

 

 ヴィドゴニアどもが何を言っているのか考えを巡らしていると、近くから男が叫ぶ声が聞こえてきた。


「こっちだカーティス! 魔物かも知れん! 俺が先に行くから後を追ってこい!」


 なるほどな。俺たちを森から連れ出す人間を呼び寄せたということか。それにしても約束したのは俺の【見る】だけのはずだ。俺がヴィドゴニアどもに少女の【見る】を返せと怒鳴りつけようとしたとき、耳元でまた囁く声が聞こえた。


「これじゃ足りない。お前の【生きる】を寄こせ」

「どうせもうすぐ消えてしまう。お前の【生きる】を寄こせ」

「お前の【生きる】を寄こせ」


 ヴィドゴニアどもが俺の【生きる】を奪うべく大合唱する。その声が少女の耳にも届いたのか、俺の手を振り解いて逆にヴィドゴニアどもから俺をかばうようにして抱きかかえる。


「駄目! この人の命は渡さない!」

「子供の声……どこだ!? どこにいる!」


 先ほどの男の声が響き渡る。


「ここです! ここにいます! 助けてください!」

 

 少女の大声で位置を把握した男がこちらに来る。その気配を感じ取ったのかヴィドゴニアどもは音もたてずに暗闇の中へと消えていった。


――――――

―――


 その様子を、俺は少し離れた高い場所から見下ろしていた。


 剣を携えた白髪の男が亜人の少女に駆け寄る。その男の後を追って、身なりの良い若い男女が近づいてきた。二人は亜人の少女と横たわる俺の身体を見つけると、血と泥で穢れた俺たちを躊躇することなく介抱してくれた。


「ガラム。その子は……」

「大丈夫なのよね?」


 二人が白髪の男に語り掛ける。俺の身体の首に手を当てていた白髪の男は、しばらく間を置いてから静かに首を横に振った。


「残念だが、この少年はもう死んでいる」

「駄目、駄目駄目駄目えぇぇぇぇ!」


 男の言葉を聞いた少女が、俺の遺体に覆いかぶさって悲痛な声で泣き叫ぶ。銀色の髪や尻尾の毛が逆立っていた。


「こいつは、お前を守って死んだのだろう? きちんと埋葬してやらねばな」


 白髪の男の言葉には少女へのいたわりと死者に対する敬意が込められていた。白髪の男は少女を優しく引き起こして女性に任せると、おもむろに俺の遺体を抱え上げる。


 そのとき白髪の男は少女の目が見えていないことに気が付いたらしく、目で合図して若い男に少女を背負わせると、近くに留められている馬車へと戻っていった。


「良い人たちみたいだな」


 俺はその様子を他人事のように見ていた。恐らく俺はもう死んでしまったのだろう。今では視界に少しずつノイズが走り始め、自分という存在が次第に薄くなっていくのを感じていた。


 ふと森の暗がりに意識を向けてみると、そこにはヴィドゴニアたちが身を寄せ合って上方にいる俺を見ながら、口々に「口惜しい。あいつの【生きる】が盗れなかった」と愚痴をこぼしているのが伝わってきた。


「ざまぁみろ」


 それを最後に俺の意識はブラックアウトする。


 再び目覚めた時、俺の目の前にはいつかみた金髪の女神が申し訳なさそうな顔をして立っていた。

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