緋色の手記

梔子

『緋色の手記』

・柊 マリア(ひいらぎ)/アメリア

マリア(17)/アメリア(13)

・時雨(しぐれ)


アメリア「シグレ、私たちきっとまた会えるわよね。」

時雨「うん……」

アメリア「約束よ。」


時雨「約束が守られたことなんてなかった。私の日記に書かれている限りは、一度も。」


(SE:滴の落ちる音)

間2秒


時雨「私が世に産み落とされ、幾星霜。初めは何も知らなかった。まあ、知らなかった方がいい事だらけなのは、今になって知ったのだが。『心』という名の付いた概念を持つ、ヒトという生き物に出会ってからは約4世紀半。だから、私が感情というものの存在に気づいてから約4世紀半くらい。」


時雨「生も死も愛も欲も、ただの自然現象だったのにね。何も知らなければさ。」


間3秒


柊「うちのクラスに転校生がやってきたらしい。らしい、というのもまだ会ったこともないものだから、そのウワサしか知らないのだ。そんな謎の転校生と出会ったのは、私が委員会の仕事をしに、保健室へ訪れた時の事だった。」


柊「失礼します……あれ、先生いない。」

時雨「先生なら職員室に行ったと思うけど。」

柊「あら、ありがとう。って、びっくりしたぁ……」

時雨「そんなに驚くことかな。」

柊「いや、誰もいないと思ってたから……ドア開いてたし。」

時雨「そう、先生に用があるなら職員室。」

柊「あ、うん、ありがとう。」


柊「保健室の一番奥のベッドから現れた女子生徒は、早く立ち去ってほしそうに私を睨んでいた。その視線が痛く、彼女に名前を聴く隙もなく、私は保健室を後にした。思えばこれが、謎の転校生との初めての出会いだったらしい。」


時雨「一目見た時には気付かなかったけれど、あの声と後ろ姿に面影を感じて、すぐ追いかけようとした。けれど……」


時雨「ゴホッ、ゴホッ…………やはり、ここの空気は合わないみたいね……」


(SE:チャイム)


柊「ふぅ……今月の保健だより脱稿……疲れたぁ……」

時雨「失礼します。」

柊「あっ、あなた昨日の。」

時雨「……先生はいないの?」

柊「奥にいるよ、呼んでくるね。」


時雨「お昼過ぎ、登校してくるとあの子がいた。体調は良さそうだから、保健委員なのだろう。体力を青空に吸い取られた私は力なくベッドの縁に座った。」


柊「先生お昼食べてたから、私が対応するね。時雨ちゃん。」

時雨「何故私の名前を?」

柊「ああ、ごめんなさい。先生があなたの名前を教えてくれたから。」

時雨「そう……別にいいけど。あなたは?」

柊「え?」

時雨「あなたも名乗るのが筋でしょ?」

柊「あ、そうだよね……私はマリア、柊マリア。」

時雨「柊というの。」

柊「マリアでいいけど。」

時雨「……柊。」

柊「あぁ、柊でいいけど……」

時雨「世話になりそうだから、一応言っておく。よろしく。」

柊「うん、よろしくね。」


時雨「同じ色のバッジを付けた柊は私と同じ学年なのだろう……ただそれだけしか共通点が見つからないのに何故こんなにも心惹かれるのだろうか……」

柊「時雨の名乗る彼女の胸元には私と同じ色のバッジが輝いていた。廊下でも1度も見かけたことの無い時雨ちゃんは、もしかして、そうなのでないかと思い……」


柊「時雨ちゃんは、どこのクラスなの?」


柊「と聴いた。すると、」

時雨「2年2組。」

柊「時雨ちゃんは、」


柊「もしかして、うちのクラスの転校生?」

時雨「うちのクラス……」

柊「私も、2年2組なの。先生から転校生が来たって聞いてて。」

時雨「それなら、それは私だね。」

柊「やっと会えた。」

時雨「はぁ。」


時雨「その時の柊の顔は少しばかり紅潮していて、何だか喜んでいるようにも見えた。何故喜んでいるのかはよく分からないが、転校生という存在はきっと、草木の萎れた地に吹く春風のようなものなのだろうと、今までの経験から憶測した。」


柊「でも、クラスに来るのは難しいんだよね……?」

時雨「そうだね。」

柊「それなら、私が毎日来るね。」

時雨「はぁ。」

柊「授業のノートとか、要るでしょ?」

時雨「無くても大丈夫だけど。」

柊「え?でも勉強遅れちゃうし……」

時雨「もう何度もやったから。」

柊「え?あー、もう前の学校でやったって事?」

時雨「あっ……まあ、そんなところだよ。」

柊「そっかぁ。頭良いとこに行ってたんだね!」

時雨「そんなんじゃないけど。」

柊「じゃあ、うちのクラスがどんな感じかとか、興味……ないか……」

時雨「ないわけではない。が……」

柊「が……?」

時雨「どちらかと言えば、君に興味がある。」

柊「……私?」

時雨「うん……」


柊「少しだけ、嬉しかった……嫌われているんだと思っていたから。同じクラスだって分かったから少しは心を開いてくれたのかな。そうして私は毎日昼休みに、委員会の仕事が無くても保健室に通うようになった。」

時雨「約束をした。ずっと守られるとは期待していない。気が向かなくなったら居なくなる。ヒトはそういう生き物だし、私はヒトと同じリズムで生きていけないから。ただ、いつしか約束をしたあの子にあまりに似ていて、私は執着してしまったのだと思う。」


(SE:滴の落ちる音)


アメリア「シグレ、今夜はどのお話を読みましょうか。」

時雨「アメリアの好きなお話でいいわ。」

アメリア「それならこの吸血鬼のお姫様のお話にしましょう。」

時雨「ええ、でも怖いんじゃなかったの?」

アメリア「もっと小さい頃は怖かったわ。でも、このお姫様、とても貴女に似ているから。」

時雨「そう、かしら……」

アメリア「ええ、そうよ。絹のような髪と陶器のような肌、そして薔薇の花弁のような唇。貴女そのものじゃない。」

時雨「そんなに美しいものじゃないと思うけれど……」

アメリア「いいえ、シグレ、貴女はとても綺麗よ。私が知っている女の子の中で一番綺麗。」

時雨「それは喜んでもいいのかしら……」

アメリア「うふふ、おかしなことを聞くのね。それに、私の知っている女の子の中で一番不思議だわ。」

時雨「それは、喜ぶところじゃないことくらいは分かるわ。」

アメリア「魅力的ってことよ。」

時雨「それなら始めからそうと言ってくれなきゃ分からないじゃない。」

アメリア「ごめんなさい。私もきっとおかしな子なんだわ。貴女と似ているのかもしれないわね。」

時雨「私となんか似ていない方がいい。」

アメリア「シグレ、貴女は私のお友達で、大切な姉妹よ。ずっと、傍に居てね。」

時雨「ずっと…………ええ。」


(SE:滴の落ちる音)

間2秒


柊「時雨ちゃん、おはよ。」

時雨「眠ってたら起こさないでって言ったでしょ?」

柊「でも、このまま寝ていたら自習時間もないじゃない。」

時雨「そうだけど、別にいいの。」

柊「今日は見せたいものがあって来たのになぁ。」

時雨「何、見せたいものって。」

柊「これなんだけどね。」

時雨「はっ……!」

柊「これ、小さい頃に読んでた本でね。すっごく古いでしょ。」

時雨「うん……」

柊「このお話に出てくる吸血鬼のお姫様がいるんだけどね……」

(被せて)

時雨「私に似てる、って……?」

柊「え……なんで分かったの?

時雨「その話、知ってるの。」

柊「そっか、読んだことあるんだ。」

時雨「ねぇ柊、何でそれ持ってるの?」

柊「おばあちゃんの形見なんだ。」

時雨「形、見……?」

柊「昨年、亡くなったんだけどね。写真もずっと持ってるの。これ、おばあちゃんが小さかった頃の。」

時雨「……っ!」

柊「どうしたの……?」

時雨「……何でもない。あまりにかわいらしく見えたから、驚いただけ。」

柊「ふふふっ。おばあちゃん、すごくかわいいよね。」

時雨「うん、そうだね。」


柊「時雨ちゃんは何か昔を懐かしむような、不思議な笑みで写真を見つめ、目を潤ませていた。彼女が何故そんな表情をしていたのか、私には全く分からなかった。」


(SE:滴の落ちる音)

間2秒


時雨『12月21日、アメリアはもう眠っている。半年前に同じ部屋に来てからずっと、アメリアは私のことを片時も放っておかない。それは愛か束縛か、いや、疑う余地もなく愛なのだ。ぐっすり眠るアメリアの手を解き、今こうして私は日記を書いている。これまで生きてきた300年のうちで今私は一番、幸せなのかもしれない。』

『12月23日、アメリアと喧嘩をした。今まで1度もしたことがないのに、やってしまった。だって、彼女が冷たかったから。だから、悪態をついてしまった…………。冷たいってなんだろう。アメリアは別に冷たくはなかったのかもしれない。けれど私はどうしても、同じベッドに入れてくれなかった彼女を許せなくて、怒ってしまった。なんでこんなことで怒ってしまったのだろう。彼女に、アメリアに会う前はこんなことで怒りの感情を表に出したことなど無かったのに……。もしかすると、私の心にはもう人間の感情が芽生えているのか…………そんなことはまあ、どうでもいい。明日、アメリアに謝ろう。』

『12月24日、星空も見えない雪の日。』


アメリア『12月24日、シグレにさよならを言った。遠くに行ってしまうから、もう会えないかもしれないと、言ってしまった。彼女は一人なのに。私しかいないのに。言わなければならなかった。仕方がなかった。あの顔、忘れられない……明日は、約束をしたい。きっとまた会えると、会おうと。指切りをしよう。』


(SE:滴の落ちる音)

間2秒


時雨「久々にノートを開いた。」


時雨「あの日で止まった私の手記には、たくさんの、たくさんのあの子への想いが綴られている。」


柊「あれからまた、おばあちゃんのことが気になって、おばあちゃんのドレッサーを探ってみたの。そしたら、見て。」

時雨「これ、は……?」

柊「日記帳なんだけど、ここにね、シグレって名前の友達の話が出てくるの。」

時雨「…………」

柊「一番最後がクリスマスだったみたい。」

時雨「柊。」

柊「何?」

時雨「柊の声で読んでみせて。」

柊「私が読むの?」

時雨「マリアに読んでほしい。」

柊「今マリアって…………分かった。読むね。」


柊『12月25日、私は今船の中にいる。泣いている。船を沈めてしまうのではないかと思う程に涙が止まらない。シグレと別れてきた。私の大切な妹でお友達のシグレ。愛おしいシグレ。私は貴女に悪い事をした。一人にした。ずっと、ずっと傍にいたかった。それはもう叶わない。約束も、したのに。守れないかもしれない。でもこれだけは変わらないからここに記す。シグレ、愛してる。』


時雨「……マリア、ありがとう。」


柊「時雨ちゃんは、陶器のように美しい頬にほろほろと涙を零して泣いた。声も無く、しゃくり上げることも無く、ただ、静かに泣いていた。その姿は触れたら壊れてしまいそうで、触れることはできなかったのだけれど、私は休み時間が終わるまでずっと、ずっと、時雨ちゃんを見ていた。」


柊「そして私はそのページをちぎり、時雨ちゃんに渡した。」


時雨『10月19日、400年以上生きてきて、初めて想いが報われたのかもしれない。知らなくていいことばかりだと思っていた。でも今日はずっと知りたかったことを知ることができた。約束も運命もない世界だと思っていた。人の感情なんて欲しくなかった。身につけた所で身を滅ぼすだけだと思っていた。けれどそれも、違ったのかもしれない。

私は生きていく。これからまた今まで同じだけかまたそれ以上の年月を経て、私は、知りたい。血で賄える以上の、想いを、心を、そして、愛を。』

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緋色の手記 梔子 @rikka_1221

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