第4話 ふたりはあの日、確かに終わってしまった。
4人でご飯を食べてから数日。
結衣は彼方を呼び出していた。
奈緒だけが取っている授業の間に呼び出した形だ。
あまり人気のない裏庭。
理系の学部で使われているらしいビニールハウスが奥にあるだけで、あまり人が来ることがない。
やましいわけじゃないが、あまり人に見られたくないのでここに呼び出した。
やってきた彼方に結衣は早速要件を切り出した。
「いつ、本当の事を言うつもり?」
「ごめん、早く話そうと思ってたんだけどさ」
あれからもまだ彼方は奈緒に話していないようだ。
結衣としてもそろそろ隠しておくのが辛くなっている。
はっきりしない態度についイライラしてしまう。
「奈緒に嘘ついたままなんだよ?」
「わかってるけどさ」
「別に隠す必要ないじゃない。もう終わったことでしょう?」
結衣は静かに、でもハッキリと言った。
そう終わったのだ。
ふたりはあの日、確かに終わってしまった。
彼方は明らかに傷ついた顔になる。
だけど、あの日から前に進んでいたのは彼方の方なのに。
結衣はいまだ前に進めずにいた。
「彼方から話さないなら、私から話すから」
クルリと振り歩き出す。
足早に杖を前に出す。
それでもゆっくりとしか進めないのがもどかしい。
「ちょっと待って!」
追いかけてきた彼方が、結衣の腕を掴んで引き止めた。
グラリと結衣の身体が揺れる。
突然引き寄せられ、バランスが崩れた。
杖がすべり、右足に体重がかかってしまう。
「結衣!」
鋭い痛みが走る。
強い痛みにあの事故の瞬間がフラッシュバックする。
ブレーキ音、強い衝撃、浮いた身体――。
あの日もこの声を聞いた気がした。
「結衣!しっかりしろ!」
彼方の呼ぶ声に、現実に引き戻される。
倒れそうな身体を抱きしめるその腕の強さに、全身の感覚が戻ってきた。
それと同時に痛みも戻ってくる。
脈打つように痛みと蘇った記憶にたまらず結衣はへたり込んだ。
うまく呼吸が出来なくて、力が抜ける。
「……なんで?」
声を発したのは結衣でも彼方でもなかった。
ここにいないはずの人物だ。
「……奈緒」
驚愕の表情で立ち尽くす。
それもそうだろう。
奈緒からすれば、親友と彼氏が密会していたのだ。
そして、よろけたとはいえ抱きすくめられていた。
ショックを受けないわけはない。
「どうして……結衣と……?」
奈緒はふたりを、いや彼方を見つめている。
しかし、彼方は二の句を継げないでいた。
「奈緒……聞いて?」
結衣が呼びかける。
しかし、奈緒の耳には入ってないようだ。
ハタハタと大きな瞳から涙が落ちる。
「奈緒、これは……その」
彼方は思わずといった風に奈緒から目をそらす。
嘘をついていたという罪悪感からの行動だろう。
しかしこの場合、ふたりでいたことを見られたからというように取れる。
奈緒もそう受け取っただろう。
自分が授業を受けている間に、彼氏と親友が密会していた、と。
奈緒は踵を返すと走って行ってしまった。
彼方は呆然としたまま、奈緒を見送ってしまう。
「奈緒を……追いかけて!」
結衣は座り込んだまま言った。
強い痛みと整わない呼吸で、まだ立ち上がることは出来ない。
フラッシュバックを起こしたことで、過呼吸になっているのだろう。
荒い呼吸を繰り返している。
そんな状態の結衣と奈緒が去っていった方角を見比べる彼方。
「でも……」
「私は……大丈夫……だから」
このままじっとしていれば、痛みも呼吸も落ち着くだろう。
でもそれまで奈緒を放っておくわけにはいかないだろう。
すぐに追いかけて、ちゃんと話をした方がいい。
「こんな状態のお前のこと、置いていけるわけないだろ!」
結局彼方は奈緒を追いかけず、結衣の痛みと呼吸が落ち着くまでそばにいた。
彼方は帰ってしまった奈緒に電話をしていたが、当然出ない。
なんとか動けるようになった結衣は近くにあったベンチに腰掛けた。
「結衣、ごめんな」
「私も同罪だよ」
傷ついた奈緒の表情を思い出す。
あんな顔をさせるつもりじゃなかった。
奈緒を騙していたのは結衣も同じだ。
「私からも連絡してみる」
しかし、彼方からの電話にも出ない以上、結衣からの電話にも出ないだろう。
だとしたら直接話すしかない。
「ああ。俺は奈緒んとこ行ってみる。話してくれるかわからないけどさ」
「うん。行ってあげて。私は本当にもう大丈夫だから」
彼方は少し躊躇いながらも歩き出した。
その背中を見送って結衣はため息をついた。
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