第3話 好きな子から好かれなきゃ、モテても意味がない。

 どうして結衣がこんなに気にしなくてはいけないのか。

そもそも初めに初対面のフリしたのは彼方だし、結衣が意図的に嘘をつこうとしたわけではないのだ。


 めいめいが注文した料理が届き、皆が食べ始めると場は少し静かになる。

なんとなく微妙な空気で明るいのは奈緒だけ。

葵は場を静観しているようだ。


「そーいえば、何話してたの? 私たちが来るまで」


 奈緒が無邪気に結衣と葵に問いかける。

正直に答えられるわけがない。

思わず答えに詰まると葵が答えた。


「別に大した話はしてないけど。ね、結衣ちゃん」


 ニコリと含みを持たせて笑う葵。

結衣も笑顔で返す。

余計なことは言うなと念を込めて。

その笑顔をどう捉えたのか、奈緒はとんでもないことを言い出す。


「なんか気合いそうだよね。彼方くんもそう思わない?」


「え!? ああ、そうだな」


 奈緒の魂胆はみえみえだ。

だけど、あからさまにくっつけようとされれば、余計に冷めてしまう。


「そもそも、結衣はどういう人がタイプなの? あんまり教えてくれないじゃん、そういうこと」


「それは俺も聞きたいなぁ」


 葵までのってくる。

自分の恋愛話をするのは避けてきた。

恋バナを始めれば奈緒の惚気話が止まらなくなるというのもあるが、結衣自身あまり話したくなかったからだ。

しかし、今まで話さなくて良かったのかもしれない。


「好きなタイプねぇ」


 正直なところ、あんまり考えたことがなかった。

そもそもあれから恋愛する気がなかったし、興味がなかった。

考え込んだ結衣に奈緒がさらに問う。


「じゃあさ、絶対やだってタイプは?」


「……時間にルーズな人」


 結衣が少し考えて答えた途端、ガチャンと大きな音がする。

音のした方を見ると、焦った顔の彼方とその前には倒れたコップ。

そこから流れた水が大きなシミをつくる。


「わ! ごめん!」


 彼方が慌ててコップを起こす。

皆で布巾で拭いていると、店員さんが来て片付けてくれた。


「相田くん、大丈夫?」


 結衣は白々しく声をかけた。

彼方は随分と動揺していて、ちょっと意地悪が過ぎたかなと反省した。


「ああ……まあ……大丈夫」


 彼方は服も少し濡れたようで奈緒が甲斐甲斐しく拭いてあげている。

こうやって見てると良いカップルだと思えるのだが。


「そろそろ出る?」


 葵の提案で店を出て歩く。

この街には大きな川が流れていて、河川敷に遊歩道が整備されている。

誰ともなしに4人は河川敷に降りた。

遊歩道には街灯がついていて明るい。

その分、流れる川が真っ黒に見える。

じっと見てると闇の中に吸い込まれそうだ。


 少しペースが落ちてきた結衣に葵が歩調を合わせてくれていた。

自然と結衣と葵、奈緒と彼方に別れる形になる。

いや、奈緒はわざと結衣にペースを合わさないようにしているのだろう。

普段、ふたりでいる時は何も言わずとも結衣にペースを合わせてくれている。


「……わざとらしいー」


 小さく呟いてため息をついた。

葵は耳聡く聞いていたらしい、小さく笑う。


「奈緒ちゃんて健気だねぇ。大事な親友のために一生懸命世話焼いてさ」


「大きなお世話なんだけど」


 葵は自然と杖をついている結衣の右側を歩いてくれている。

余計なことを言ってはいるが、結衣のことを気づかってくれていた。

食えない男だが、優しいところはあるようだ。


 少し前を歩く奈緒と彼方の背中が見える。

寄り添って歩くふたり。

時折、笑い声が聞こえる。


「奈緒ちゃんの期待に答えとく?」


 ふいに葵が結衣の顔を覗き込んだ。

端正な整った顔が結衣を見つめる。


「いやー、遠慮しておきます」


「残念。俺はまんざらじゃなかったのに、なんてね」


 答えを予測していたのだろう、葵はクスクスと笑っている。


「葵くんなら引く手あまたでしょ。私じゃなくても」


「別に。好きな子から好かれなきゃ、モテても意味がない」


 モテない男たちに聞かれたら袋叩きになりそうなセリフをさらっと吐く。

それがまた違和感がないのが葵らしいといえば葵らしいのだが。


「だから、考えといてよ」


 どこまで本気かわからない、さらりとした言い方。

その場で答えを出さないところも、本当に食えない男だなと改めて思う。

だけど、どこか人を惹き付けるきれいな瞳。

不思議な人だと思った。

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