第8話 もっと腹黒い女がいたと再確認した夜勤の日。

『佐野さん、ありがとうございました。助かりました。』『別にお前の為じゃねーし。じゃ、帰るわ。お疲れ。』『あ、あの、佐野さん!!』


何故にあたしは佐野さんを呼び止めてしまったのだろう?何の用事も無いのに。でも、呼び止めてしまったからには何か言わないと・・・。


『何?』『あー、あの、今度お礼させて下さい!』『いらない。俺、そーゆーの嫌いだから。んじゃね。』


夕食の介助が終わり、利用者様を各自の部屋へと案内し、就寝の一歩手前まで手伝ってくれた佐野さん。とにかく手際が良く、利用者様に対して本当に丁寧で優しい。


『きっと、彼女にもあんな風に優しいのかな・・・』


佐野さんは自分のプライベート話を一切言わない。他の男性職員とバカ騒ぎしている内容も、本当に下らないお笑い番組の話。休憩もタバコを吸いに喫煙所に来たかと思えば、すぐに自分の車に行ってしまう。そんな『謎の男』な所が、女性職員にとって魅惑に感じてしまうのだろう。


『さて、今からパソコン業務かぁ・・・。』あたしはデスクに向かい、出勤してから今までの利用者様の状態を時間毎に打ち込んでいく。ちょっとした休息の時間でもあり、利用者様からの呼び出しコールを待つ時間でもある。


『安部さーん。俺、帰っていいっすか!?』『東フロア、落ち着いてるんですか?』『一応大丈夫っすね。』『そうですか。お疲れ様でした。』『あざーっす!!』


お前の大丈夫は大丈夫じゃないんだっつーの。それを知りつつ、かといってこの男を残した所で即戦力になる訳でもなく。

・・・ハッキリ言えばストレスが溜まるだけなので、さっさと帰って貰った方がマシ。


『安部さん!今度飯食いに行かないっすか!?』『行きません。』『ご馳走しますよ!?』『お疲れ様でした。』『可愛い顔して毒吐く女、最高!!』『永遠にサヨナラ。』


こらからが夜勤としての本格的な仕事が始まる。うちの施設にはドクターと看護師がいる、『老健』と呼ばれる施設で、夜勤時は、介護士と看護師が一人ずつ待機をし、利用者様の状態を確認していく場所である。


『安部さん、お疲れ様です。』看護師の中で1番可愛いと言われている小久保さんが、どこからともなく現れた。佐野さんと同じ歳で、主任の噂によると、小久保さんは佐野さんが好きらしい。


『小久保さん、お疲れ様です。』『あの、さっき佐野さん来てませんでした?』『あぁ、あたしが不甲斐ないのでヘルプに来てくれただけです。』『・・・あの佐野さんがですか?』


めんどくさい話になりそうな予感。

小久保さんは、確かに女から見ても可愛いと思う。でも、腹黒いあたしには、小久保さんは裏表がある様な気がして仕方がない。


男子と女子の前では、明らかに態度が違う様に見える。

・・・典型的『ぶりっ子女』あるあるだ。


『佐野さんは手伝いが終わって、さっさと帰りましたよ?』『安部さんは佐野さんと仲良いんですか?』『普通です。』『普通って?』『それより小久保さん、先に休憩どうぞ。あたし、まだまだ仕事残ってるんで。』


女のこういう駆け引きみたいな言い回しが大嫌い。普通は普通だろうが。そんなに気になるなら佐野さん本人に聞け。

・・・て、思ってしまうあたしの方が、よっぽど性格悪いのかもしれないけど。


『じゃぁ、お言葉に甘えて。』『どうぞどうぞ、ごゆっくり。』『・・・あ、安部さん。』


今度は何だよ。また佐野さんか?あたしに佐野さんの事を聞いたってなんの情報も・・・


『良介君と付き合ってるんですよね?』『・・・え?』『すっごくお似合い!だから・・・』


『佐野さんにちょっかい出さないでね。』


この女・・・、案外やり手かもしれない。

警戒しておかないと、変なゴタゴタに巻き込まれそうな気がする。


『小久保さん。』『何ですか?』『仕事中なんで、プライベートな話は勤務時間外にして下さい。』


『あっそうですか。』

そう言い残して休憩室へと入って行った小久保さんに、思わず舌打ちをしてしまったあたしがいた。

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