第5話 餌をちらつかせ、結局与えない最低な女。

『美桜、いい?』『り、良介はいいの!?』『当たり前じゃん。』『なるほどね!!』

フローリングからベッドにお姫様だっこされたあたしは、下着一枚の状態で手足がピーンと硬直。

『怖い?嫌なら無理強いはしないよ?』『あ、お気遣いなく・・・。』


怖くはない。嫌でも・・・ないと思う。

『寒い』だけ。


『大好きだよ、美桜。』ついに下着にまで手をつけられた瞬間だった。どうやら、あたしの身体と心は分離しているらしく、身体が許しても、心が良介にストップをかけた。


『佐野さん・・・。』『え?佐野さん?』『えっ!!ち、違うよ!?竿だけ~って言ったの!!』


苦しすぎる言い訳。それと同時に、何故このタイミングで佐野さんの名前が出てきたのか・・・。

良介はあたしに触れていた手を止め、タバコに火を付けた。


『美桜は、佐野さんが好きなの?』『え?何で?全然!?』『・・・家まで送るよ。今日は帰ろう。』


最低にも程がある。『クズな人ー!』と叫ぶ人がいたら、真っ先に挙手する自信がある位にあたしはクズの極み。

良介を傷付けてしまった。悲しませてしまった。

あたしみたいな女は、きっと良介の彼女には相応しくない。

初めから分かっていた事だったのに・・・。


『良介、ごめんね。あの・・・』『俺、美緒の事諦めるつもりないから。』『え?』『美桜が佐野さんを好きだとしても、絶対別れない。俺の事を本気で好きになって貰えるように頑張る。』


こんな女の何処がいいのだ!?あたしが男だったら、『佐野さん』って言われた時点で即効エルボーくらわせると思う。

良介は優し過ぎる。純粋過ぎる。

本当、良介は眩しすぎて・・・太陽そのもの。


『美桜。』『はい。』『佐野さんには彼女がいる。付き合ってもう長いらしい。それでも佐野さんがいいの?』『いいの?っていうか、そもそもあたし佐野さんの事は別に・・・。』


良介の運転する車は、あたしの車が置いてある職員専用の駐車場へと到着した。


『美桜、着いたよ。夜遅いから安全運転で帰ってね。家に着いたらLINEちょうだい。』『うん、あの良介。今日はごめんね。その気にさせといて、何て言うか・・・』


突然の良介からのキス。ここの駐車場はスタッフの休憩室の窓から丸見えの場所。もしこんな状況を誰かに見られでもしたら、明日からのあたしの居場所は噂の世界の住人と化してしまう。


『ちょっ・・・良介!誰かにバレたらフロア移動になるよ!?』『美桜、俺今日の事は夢だと思う事にしておくから。』『・・・ごめんね。』『諦めないし、めげないし。俺は佐野さんなんかには負けない。』


・・・しかし、佐野さん厄介だな。違う違う。厄介なのはあたしの気持ち。暴れたホースみたいにブンブンあっちに行ってはこっちに戻っての大暴れ。

良介は、こんなにもあたしを真剣に思ってくれてるのに、あたしはまるでその真剣を両手で掴み損ね、頭に落ちるという・・・。


意味分かるかな?


『美桜、明日の夜勤頑張ってね。』『うん、良介はゆっくり休んで下さい。』『ありがと。じゃぁね。』『バイバイ、良介。』


良介と別れ、自分に車に乗り込んだ瞬間バカでかい溜め息が出た。『あぁぁーーーあ!!何しとんじゃいわては!!』今日のあたしはマイナス一億点。あの時、『佐野さん』の名前が出てこなければ、今頃あふんあふんしてるはずなのに。本当、良介には申し訳ない事をしてしまった。


『ゲーム、辞めようかな。』なんて、思ってもない言葉を言ってみたりしたけど、あたしの手にある携帯の画面は既にゲームの画面が開かれてある。『・・・とりあえず、家帰ろ。』職場から10分程の距離にある自宅に着いたあたしは、風呂も入らず、メイクも落とさず。そして着替えもせず。


秒で寝たのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る