第3話 さりげない優しさが苦しいと言っとるがな。
一階に下り、出口へ向かおうとした時。『安部!』佐野さんがあたしのもとへ駆け寄ってきた。『佐野さん、どうしたんですか?』『はい、これ。』佐野さんから手渡されたのは、オロナミンC。『え?何でオロナミンC?』『休憩の時、喫煙所でなんとなく元気無かったから。これ飲んで元気ハツラツ!じゃぁな。』ぬるいオロナミンC。きっと、ずいぶん前から用意してくれてたのだろう。
『・・・佐野さんズルい。こんな優しさいらない。』
と、言いながらもニヤニヤしている自分がキモい。
あたしの彼氏は良介。良介なんか、もっともっと優しくてあたしを大事に・・・。
『あれ、美桜?帰ったんじゃなかったの?』『うん。帰ろうと思ったんだけど、良介と一緒に帰ろうと思って。あたしも手伝うよ。』『ありがとう、美桜。』・・・違う。本当は、胸の苦しさを良介といる事で紛らわしたいだけ。
浮かれている矛先を良介に変えたい・・・そんな身勝手な想いだけで、良介と一緒にいる自分が本当に情けない。
簡単に揺れてしまうこの気持ち。早めにとどめを刺しておかないと手遅れになりそうで・・・。
『良介、明日休みだよね?』『うん。美桜は夜勤でしょ?』
まだキス止まりのあたし達。もっと先を越えれば、もしかしたらあたしの気持ちも・・・。
『今日、良介の家に行ってもいい?』『え?別にいいけど・・・、急にどうしたの?』『良介と一緒にいたいの。』
性格が悪いと自分でも思う。汚いやり方だとも理解してる。
『・・・俺も美桜といたい。』『じゃぁ、早く終わらせて帰ろ?』
あたしはこれから一人暮らしの良介のアパートに今夜は泊まる。
付き合って4ヶ月。お互い子供じゃない。身体の関係を持つことなんて当たり前の行為。
これでいいんだ・・・。
『美桜、もう帰っていいって。』『そっか。』『何か元気ないね?どうしたの?』『疲れただけだよ。大丈夫、今から良介に癒してもらうから。』
時刻は夜の7時半。あたしと良介は夜勤隊に挨拶をし、一階へと下りた。
エレベーターから出ると、佐野さんがいるはずの事務所は真っ暗で、ホッとしている自分がいる事に気付く。
『佐野さんてさぁ・・・』『えっ!?』良介の口から出て来た佐野さんという言葉にビックリしてしまったあたしに、良介は思わず苦笑い。
『美桜、佐野さんの事苦手でしょ?』『え、どうして?』『佐野さんってみんなに対して言い方キツいからさ。でも、本当は凄く優しいし、背も高くてかっこ良くて。おまけに仕事も出来て・・・。俺の憧れなんだよね。』
危うく頷いてしまう所だった。
あたしの鞄の中に入っているオロナミンC。出来ることなら飲まずに部屋に飾っておきたい。佐野さんの時折見せるさりげない優しさが、あたしの中にいる悪魔を覚醒させてしまう。
『好きになっちまえよ』と。
『ダメだっつーの!!』『うわっ!なんだよ美桜(笑)ビックリさせんなよ。』『あ、ごめん。なんか邪念が・・・』『そういえば、夕飯どうする?どっかで食べて帰る?』
『あたしの女体盛りを食べて下さい』
こう言ったら、良介はどんな反応をするだろうか?いや、口が裂けても言わないけど。そもそもそんなスタイル良くないし。焦げたししゃも位になら化けれるとは思う。
『良介は何が食べたいの?』『俺?俺は・・・美桜かな。』
出たーーーーっ!!来た来たーーーーっ!!
いざ、面と向かって言われると嗚咽する程緊張している自分がいた。
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