トンネル

怜 一

トンネル


 S県にある、今は使われなくなった廃トンネルに幽霊が出るらしい。その幽霊は、廃トンネルに入ってきた人間の肩をトントンと軽く叩き続ける。それに反応して振り向いてしまった人間は、その幽霊に片腕を千切られ、殺されてしまう。


 「あー…。ありがち」

 「ちょっとぉ!頑張って、探してきた都市伝説なんだけど!」


 一言で片付けた私に、ナツが不満そうな態度を取る。


 「まぁまぁ。都市伝説なんていっぱいあるから、似ちゃうのも仕方ないよ」


 部長は、ナツをフォローしながら、部員分の緑茶を注いでくれた。


 「ありがとうございます」

 「ふっーふっー。…ぷはぁ。美味しい!」

 「ありがと。火傷に気をつけてね」


 私達は、部室に置いてある長机を囲って、オカルト研究部の活動である都市伝説の情報交換をしていた。

 私は、元々オカルトなんて更々興味がなかったのだが、この学校の校則で、生徒は何かしらの部活に入部しなければいけなかった。そのため、私は、一番活動がゆるそうという理由で、このオカルト研究部に入部した。幼馴染であるナツも私と同じ理由で入部したのだが、オカルト好きの部長に影響され、最近は、自ら都市伝説や心霊スポットの情報収集をするようになっていた。


 「部長は、この都市伝説どう思います?」


 私が何気なく話を振ったところ、部長は困ったような顔をして小首を傾げてしまった。


 「うーん。どーだろうなぁ」

 「えっ!?そんなに微妙でしたかっ!?」


 部長の微妙なリアクションに、ナツはこれ以上になく目を開き、部長へ顔を向ける。


 「そ、その顔の方が怖いよ、ナツちゃん」

 「ナツ。部長を怖がらせんなよ」

 「おかしいでしょっ!この都市伝説のほうが、断然怖いって!」


 普段から、部活中はこうやってナツを弄って暇を潰している。オカルト研究部といってもそれらしい活動をすることは少なく、雑談がメインの活動になっていた。それから時間が過ぎ、そろそろお開きにしようというところで、私は部長に提案をした。


 「部長。ナツの持ってきた都市伝説の場所、ここからすぐのところですし、せっかくなんで今から行きませんか?」


 普段から、あまりやる気のない私からの提案に、部長は戸惑う。


 「えぇ!ミヤコちゃんが乗り気なんて珍しい」

 「まぁ、そろそろ活動実績作っておかないと、予算委員会から部費が落ちなくなるじゃないですか」


 ナツがジト目で、私を蔑む。


 「結局、ミヤコはお金のことじゃないと動かないんだ。ふーん」

 「そりゃお金がなくなったら、部長が淹れてくれるお茶も飲めなくなるからね。それより、ナツはどう?行ける?」

 「行けるけど、納得いかないー!」


 地団駄を踏むナツを他所に、私は改めて、部長に問う。


 「部長もどうでしょう?」

 「うん。私も行けるよ」


 帰り支度を済ませて部室を出た私達は、学校から徒歩三十分の場所にある、廃トンネルへと向かった。廃トンネルの入り口に着いた頃には、午後六時を過ぎていた。季節が冬であり、林道から少し外れた場所だったことも相まって、辺りは暗闇に包まれていた。

 部長は、興奮を抑えられないといった風に、部室から持っていた懐中電灯を振って、周りを観察していた。

 

 「すっごーい!こんなヘンなところにトンネルなんてあったんだ!しかも、見て!赤いレンガで作られてる!だいぶ古い時代に作られてる!いかにもって雰囲気だね!」


 トンネルの内部には一切の光源がなく、数メートル先も真っ暗で、何も見えなかった。さらに、トンネルの壁面には無軌道に蔦が伝っており、部長の言う通り、いかにも幽霊が出そうな雰囲気を醸し出していた。

 ナツは、その雰囲気に怖気付き、私の左腕にしがみついていた。


 「こ、こんなに怖い場所なんて聞いてないよぉ」

 「情報を持ってきたの、ナツじゃん」

 「そ、そうだけどさぁ!」


 冷静なツッコミを入れている私も、実は、内心ビビっていた。せめて、昼に行こうと提案すべきだったと後悔してしまうくらいに。そんな私達に構うことなく、部長は早くトンネルに入りたがっており、急かすようにこちらをチラチラと見てきた。


 「ナツ、覚悟決めよ」

 「そ、そうだね。部長を待たせるのも悪いもんね」


 私達は、万が一の危険に備えて手を繋いで入ることに決めた。ジャンケンの結果、左から私、ナツ、部長の順で並び、道幅があまり広くないため、私が先頭になって入ることになった。


 「それじゃ、いきますよ」


 私は、先輩から渡された懐中電灯で足元を照らしながら、ゆっくりと先へ進む。幸い、地面はコンクリートで舗装されていた。三人分の靴音と浅い呼吸音が、微かに反響する。

 緊張のあまり、誰一人として声は発さず、無意識に息を潜めていた。互いに握る手に力が入る。しかし、予想よりもスムーズに進めてしまい、ある程度歩いたところで、三人は、やっぱり何も起きないんだと、安堵と落胆に強張っていた表情を緩めていた。


 「ま、こんなもんか」


 私は、自分を落ち着かせるように独り言を呟いた。


 「あーあ。今度こそ、ホントだったと思ったんだけどなー」


 白々しいナツの声がトンネルに響く。


 「びぇ」


 ドスッ────


 部長の奇妙な声が聞こえた瞬間、私の背後から飛んでいったなにかが、私の前方へ転げ落ちた。

 私とナツは、その不可解な出来事に一気に緊張感が高まり、息を呑んだ。


 ビチャ、ビチャ、ビチャ────


 私たちの呼吸音しか聞こえないはずの空間に、なぜか、多量の液体がコンクリートに垂れ落ちる音が混ざる。その悪趣味な音に耐えられず、私は先輩に話しかける。


 「先輩?あまり、怖がらせないでくださいよ。イタズラなんて、らしくないですよ?」


 先輩からの返事は返ってこなかった。

 私は、さらに話しかける。


 「ちょ、ちょっと。ホントにやめて

くださいよ。もう、十分怖いですから。ドッキリ成功ですよ。だから、もう止めま────」


 私が振り返ろうとした時、ナツが叫んだ。


 「振り返っちゃダメぇぇぇぇ!!!!!」


 首を真横まで振っていた私は、今まで聞いたことのないナツの絶叫に、この状況が、イタズラでもドッキリでもないことに気がつく。

 ナツは、私の手を痛いくらいに強く握った。そして、ナツは嗚咽混じりの震えた声で、自分がいま置かれている状況を私に訴える。


 「わだ、わだじ、肩、叩かれてるの。ぶじょうの声がしなくなってから、ずっと、トン、トンっでぇ」

 「そ、それは、部長が肩をたたいてるかもしれないじゃん。まさかそんな」


 都市伝説が本当だった、なんてことはない。そう、信じたかった。しかし、その僅かな希望は、ナツの悲鳴によって跡形もなく砕かれた。


 「さっぎから部長の手を引っ張ってるけど、軽いのッ!!腕が垂れ下がってるようで、肩からさぎっ、先が無いみたいなのッ!!」

 「えッ…」


 あまりにも理解できない状況に、もし、この後に及んでナツが嘘をついていて、部長と組んでドッキリを仕掛けていたらという考えが頭を過ぎる。しかし、幼馴染ゆえに、ナツは嘘をつくのが下手だということや、ドッキリ程度でナツがここまで鬼気迫るほどの演技ができないことは知っている。


 「ナツ、走るよッ!!」


 私は、ナツの手を強引に引っ張り、ゴムに弾かれたように走り出した。


 「ッ!!」


 走り出した直後、先行く道の地面に光を当てた懐中電灯が、だらしなく舌が飛びだし、両目を大きく開かせた部長の生首を照らした。先程、背後から飛んできた物体が、幽霊に跳ねられた部長の首だということを悟ってしまう。


 「イッ、イヤァアァァァアァァアァァァァアァァァァァァァ!!!!!」


 無残な姿になってしまった部長を目撃してしまった私は、半狂乱になりながらも、出口を目指してがむしゃらに走る。

 月明かりが差している出口が見えてきた。引っ張っている手には、ナツの重さもある。もう少しで、この危機から脱出できる。そう思った時だった。


 「ミヤコちゃん、走るの速いよぉ」


 背後から、生きているはずのない部長の呑気な声が聞こえてきた。


 「部長?ねぇ、ミヤコ。この声、部長だよね?」


 部長の生首を見ていた私は、ナツの問いを強く否定する。


 「違うッ!部長じゃない!部長は、もう死んでるのッ!」


 しかし、部長は、私の冗談を返すようないつもの調子で返事をする。


 「私、死んでないよ?イタズラしたからって、死んだことにするなんて酷いよぉ」

 「ッ!!」

 「ほら、やっぱり部長だよ!助けに行かなきゃ!」


 あまりの恐怖に限界が来ていたナツは、もはや、部長が生きているという有り得ない希望にすがっているようだった。

 違う。絶対に違う。だって、私は、先輩の生首を見た。それに、あともう少しでトンネルを抜けられる。もし、先輩が生きていたら、トンネルの出口で落ち合えばいい。いまは絶対に振り向いちゃダメなんだ。


 「ナツッ!もうすぐ出口だよ!」


 私は、最後の力を振り絞って、トンネルを抜け出した。緊張が解けたせいか、足がほつれて、前のめりに倒れ込む。上がった息を整えるため、そのまま目を閉じて、その場で深呼吸する。火照った身体が冷たい地面に触れ、徐々に冷静さを取り戻していった。


 「ふぅ…。助かったね、ナツ」


 しかし、ナツからの返事はなかった。


 「ねぇ?ナツ?」


 目を開き、繋いでいた手の先を見ると、そこにナツの姿はなかった。


 「アッ…アアッ…」


 もはや、叫ぶことすら出来なかった。

 ナツは、部長を助けるために後ろを向いてしまったのだ。そして、片腕だけを残して、幽霊に殺されてしまった。

 私は、残されたナツの手を握りながらも、少しでもトンネルから離れようと這いずりもがく。


 フフッ────


 私の姿を嘲笑うかのようなナツの笑い声が、トンネルの中から響いた。



end

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