第二百九十七話 姉妹大戦(2)
衝撃の真実を告げられたヴァレンティナは、脳髄がショートしてしまったかのようにしばらくの間沈黙していた。百歩譲ってシュレーアが相手ならば理解はできる。しかし、問題外と切り捨てていた者たちにまで先んじられていたのだから、そのショックは相当なものだ。
「……少しばかりやりすぎたかな?」
真っ白な灰と化した妹を眺めつつ、ディアローズが唸る。事実だから仕方ないのだが、伝え方次第ではもっとマシだったかもしれない。
若干罪悪感を覚えなくもなかったが、ヴァレンティナの表情には本懐を果たした騎士のような妙な満足感が浮かんでいた。救いがたい変態だなと、彼女は内心呆れる。
「……はっ!」
いっそこのまま武器を奪ってやろうかとディアローズがにじり寄るのとほぼ同時に、ヴァレンティナは覚醒した。目の前まで迫っていた姉から、ぱっと距離を取る。
「おっと、危ない危ない……流石に油断ができないな、姉上は」
唇から垂れたヨダレをぬぐいつつ、ヴァレンティナが銃を構えなおした。惜しい所で逃がしてしまったディアローズが、舌打ちをする。
「確かに姉上の提案は魅力的だが、いささか破滅的すぎる。一時の快楽に流され、大局を見誤るような真似はわたしはしないさ」
「魅力的なんだ……」
輝星はドン引きした。
「わ、我が愛がいけないんだぞ! その色香で、誰彼構わず誘惑するから……むしろ、わたしにヘンな趣味を目覚めさせた責任を取るべきじゃあないかい?」
「清々しいまでの開き直りと責任転嫁だ……」
「……」
自覚はあるのだろう。ヴァレンティナは一瞬だけそっぽを向き、口笛を吹いた。
「夜の営みは自分たちで制御できる範囲にとどめるべきさ。もちろんわたしは、我が愛を下賤の者たちに抱かせたりはしない。安心してくれたまえ」
「正論だけど安心はできないよ!」
当たり前である。吠える輝星に、ディアローズは頷いた。
「ではどうするつもりなのだ、貴様は」
「決まっているとも。皇帝の座も、我が愛も諦めない。強引な手を使ってでもね……泥棒猫共の影響か、今は納得してくれていないようだが、じっくり説得すれば我が愛も理解してくれるだろうさ」
「うわあ」
要するに拉致をするということだ。輝星は顔を引きつらせた。
「姉上も、抵抗するようであればここで倒す。我が愛を抱くとき以外はなんの楽しみもないような監禁生活を送るのが嫌ならば、そろそろ折れた方がいいと思うけどね?」
「あくまで寝取られプレイはやるつもりか。我が妹ながらなんと強欲な……」
「自分でも驚いているんだが、わたしはこれでなかなか欲が深いらしくてね。まあ、母が母だ。致し方ないだろう」
相変わらず拘束された状態で白目を剥いている皇帝を一瞥してから、ヴァレンティナは視線をディアローズに戻した。
「さあ、これが最後の機会だ。わたしに付くか、無味乾燥の監禁生活か。好きな方を選ぶといい」
「……ふっ、仕方がないか」
軽く笑って、ディアローズは持っていた電磁鞭を投げ捨てた。そのまま輝星に背を向け、両手を真上にあげつつヴァレンティナへ歩み寄る。
「悪く思うなよ。
「賢明だ」
ニヤリと笑うヴァレンティナ。ディアローズはそんな彼女に笑い返し、そして全力で床を蹴った。
「とでもいうと思ったか痴れ者があッ!」
「うわああーッ!!」
猛烈なタックルを腹に受けたヴァレンティナは、吹っ飛ばされてしまった。無重力空間だ、マグネット靴が床から離れれば、何かにぶつかるまで止まりはしない。
「ぐあっ!」
猛烈な勢いで壁に叩きつけられたヴァレンティナが悲鳴を上げる。手から拳銃が零れ落ちた。
「
体格はヴァレンティナの方がだいぶ良いのだ。ディアローズの勝ち筋は、奇襲からのラッシュ以外にない。こぶしを握り締め、再びヴァレンティナに襲い掛かった。
「くっ!」
しかし、彼女もそう簡単にやられるほどたやすい相手ではない。靴底を壁に押し付け、正面から向かってきたディアローズに渾身のカウンター・パンチをお見舞いした。
「うっ!?」
全力のパンチを顔面に食らったディアローズは、鼻血を垂らしながら空中で一回転。後頭部を床面に強打した。
「いっつ……っ!」
目尻に涙が浮かぶが、悶えている余裕はない。追撃として放たれたキックを床を蹴ることでなんとか回避し、バック宙じみた動作で床に着地した。
「おうおう、
鼻血をぬぐいつつ、ディアローズは吐き捨てた。そんな彼女を、ヴァレンティナは傲然と見下ろす。
「姉上は痛いのが好きなのだろう? 姉孝行な妹だとほめてほしいな」
「ふん、貴様なぞに痛めつけられても、気持ちよくとも何ともないわ!」
やはり痛みは愛しい男からもらうに限る。獰猛な笑みを浮かべて、ディアローズが叫んだ。
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