第二百九十六話 姉妹大戦(1)

「銃を降ろせヴァレンティナ。愛する男を別の女に犯されて喜ぶような輩に、皇帝なぞ務まるはずがないだろう」


 その言葉を受けたヴァレンティナは、ぐっと歯を食いしばった。一瞬、自分でもそれはそうだろうなと納得しかけてしまったのだからタチが悪い。万一にでも臣下にこの事が露見すれば、反逆の口実にされかねない。

 しかし、だからと言って即座に諦められるほど、皇帝の座は軽くはない。


「……よし、こうしよう! 連婚れんこんだ! どうせその首輪があるのだから、我が愛を帝国に招くのならば自動的に姉上・・もついてくることになる……」


 彼女に姉上と呼ばれるのも、久しぶりのことだ。ディアローズは思わず素で苦笑をしてしまう。まったく、ちゃっかりしたものだ。そんなディアローズの様子に気付くことなく、ヴァレンティナは必至な表情で言葉を続ける。


「ならばいっそ、二人で我が愛と結婚してしまえば良い。皇族でも、姉妹であれば同じ男と結婚した例は少なからずある。きっと認められるはずだ……こうすれば、我々の利害は一致するだろう!」


 もともと、流石のヴァレンティナもさすがにディアローズを殺してやろうとまでは思っていなかった。輝星と一緒に帝国に連れ帰り、幽閉して飼い殺しにすれば良いという考えだ。

 しかし、ネトラレプレイという使い道を見つけてしまった以上、そんなプランは吹き飛んでしまった。自分自身でも気付いていなかった性癖を暴かれてしまった以上、ある程度の飴を与えて口止めをする必要がある。おまけに、プレイ・・・にも協力してもらえば一石二鳥というものだ。


「いきなり方向転換してきたね……」


 輝星が顔を引きつらせた。先ほどまでは完全に敵扱いをしていたというのに、今では完全にディアローズを説得しようとしている。交渉の攻守は完全に逆転していた。

 勢いに飲まれたヴァレンティナには、銃をもっている自分が一方的に有利な状況に立っているという事実は完全に脳から抜けてしまっているだろう。


「い、いや……違うとも。実の母を捕縛したばかりなのだ。これ以上、肉親同士で争うというのはあまりに醜い。そう気づいたのさ」


「その言葉が事実だとしたら、最悪のタイミングで姉妹愛を自覚したもんだね……」


 どう考えても、自覚してしまった自分の性癖に素直になったようにしか見えない。輝星は若干軽蔑した目つきでヴァレンティナを眺めた。彼女は唸りながら一歩下がり、ディアローズはその様子を羨ましそうに見ている。


「とにかく、とにかくだ! わたしたちが争う意味はまったくない! 一緒に来てくれるね? 姉上!」


「駄目だ」


 ニヤリと笑って、ディアローズは首を左右に振った。


「ご主人様は、これから結婚式が待っているからな。帝国なぞに行く暇はないのだ」


「挙式なら、帝国でするほうが自然だろう? わたしも、そして姉上もノレド帝国の皇族なのだからね」


「違う。ご主人様とシュレーアとの結婚式だ」


「えっ……ほあっ!?」


 思いもよらない人物の名前が出てきたことでヴァレンティナは一瞬首をかしげたが、すぐにその意味に思い至った。ぶるぶると震えながら、信じられないものを見る目でディアローズを睨みつけた。


「まさか……」


「そのまさかよ」


 短く、しかしひどく憎たらしい口調でディアローズは答えた。


「貴様の知らぬところで、我がご主人様はあの女のお手付きになっていたわけだ。……実を言うとな、わらわとあの女は同じ日、同じ部屋で女になった仲よ。ある意味、貴様なぞよりも姉妹らしいなあ! くふふふふっ!!」


「う、嘘だ……あんなヘタレの泣き虫が、我が愛を……? 馬鹿な!!」


 嘘を言っているのではないか。そう詰問する目つきで、ヴァレンティナは輝星に目を向ける。彼は、ひどく恥ずかしそうにしつつ、しばらく躊躇してから頷いた。


「ああっ!!」


 脊髄に電流でも走ったような様子で、ヴァレンティナが体を震わせた。その白い肌は、湯気でも上がりそうなほど上気している。表情は淫蕩そのものだ。


「あいつわらわよりヘンタイなのではないか?」


「五十歩百歩かな……」


 呆れた様子の二人の言葉も、ヴァレンティナには聞こえていない様子だった。ディアローズはコホンと咳払いしてから、ヴァレンティナを正気に戻すべくハリのある声で叫んだ。


「どうだ、見下していた相手に男を取られる感覚は! くくく、ある意味わらわに取られるより気持ちが良かったのではないか? ええっ、どうなのだド変態妹よ!」


「う、うう……」


 ヴァレンティナは、口惜しさと快感の入り混じった奇妙な表情でうめいた。『よくもわたしの想い人を!』と一瞬でも気炎を上げない時点で、もはや手遅れというしかない。


「……そんな負け犬ヴァレンティナに朗報がある。ご主人様と結婚するのは、わらわとヤツのみではないぞ?」


「えっ!?」


「テルシス、エレノール、ノラ……さらにはシュレーアの姉に、サキ……あのサムライもだ」


「え、え、え……」


「要するにまあ、みんなだな。くくくく、より取り見取りだ! さあ、誰に抱かれているご主人様を見たい? ノラとサキなぞどうだ? 皇族たる貴様が元平民の二人に男を奪われるというシチュエーションだ、さぞ甘美な屈辱を味わえるだろうな!」


「は、はわーっ!!」


 脳が破壊されたような奇妙な声をあげて、ヴァレンティナは頭を抱えた。

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