第二百九十五話 性癖

「……くっ、信じたくはないが事実のようだな」


 内緒話をしている姿な仲睦まじく見えたのだろう。ヴァレンティナはひどく悔しそうな表情で声を絞り出した。


「ああ、言っておくが……この期に及んで、ご主人様の身体が清いままだなどという薄弱な希望にすがるでないぞ?」


「……ッ!?」


 ヴァレンティナが目を剝き、輝星がむせた。爆弾発言にもほどがある。当のディアローズはにたにたと卑猥な笑みを浮かべつつ、輝星の肢体をいやらしい手つきで撫でた。ヴァレンティナが生唾を飲む音が、こちらに聞こえてくる。


「当然であろう? 若い女と男が恋仲になったのだ。そこへ行きつくのは、ごくごく自然なことだ」


「そろそろ行き遅れ呼ばわりされる年齢の癖に……!」


 さすがにカチンときたディアローズは、一瞬電磁鞭でシバいてやろうかと思案した。だが、ヴァレンティナは銃を持っているのだ。無意味に挑んだところで勝ち目はない。怒りを飲み込み、余裕のある表情で挑発を続ける。この手の副芸ならば、お手の物だ。


「いや、素晴らしかったとも。この美しく瑞々しい肉体を好き勝手弄ぶのはな? 白磁のような肌が赤く染まり、細い手足がわらわの手管で自在に跳ね回る……」


「あ、ああっ……」


 その様子が脳裏に浮かんだのか、ヴァレンティナが奇妙な声を上げた。首筋まで真っ赤にしながら、ぷるぷると震えている。その表情は、輝星の折檻を受ける寸前のディアローズによく似ていた。

 ディアローズのおもちゃになる以外の仕事がない輝星は、こういうところは姉妹なんだなあとノンキな感想を抱いていた。余計なことを考えて気を逸らしていないと、彼女の愛撫で興奮しかねないのである。


「知っているか? 地球人テランの男はな、|ヴルド人の男よりも性欲が強いのだ。ご主人様も例外ではない。このような可愛い顔をしておきながら、かなりのスキモノなのだ。わらわの身体を求める表情は、それはそれは愛いものだ」


 明らかに、ディアローズは話を盛っていた。だいたい、彼女の言い草では自分の方が責める側になっていたような口ぶりだが、ディアローズは一貫して受け側に回るタイプの性癖である。輝星としては自分の名誉のために反論したい気持ちもあったが、彼女の策を邪魔するわけにもいかない。出来ることは、無言を貫くことだけだ。


「そ、そんな……嘘だ……我が愛に限って、まさか……」


「本当だとも。嘘だと思うなら、目の前でまぐわってやろうか? ン?」


 輝星から身体を離したディアローズは、芝居がかった仕草で腕を振って見せた。そのまま、彼のパイロットスーツのファスナーに指をかける。


「ちょっと……」


 さすがに文句が口に出た輝星だったが、彼が言葉を言い切る前にディアローズの唇によって強引に口をふさがれてしまった。それを見たヴァレンティナが、ひゅうと声とも息ともつかないかすれた音を出した。


「や、やめろ……!」


「やめろ? やめろと来たか。くくっ」


 焦ったような声を出すヴァレンティナに、ディアローズは唇を輝星から離して肩をすくめた。


「自分の顔を鏡で見てみたらどうだ? とてもやめてほしいと思っている人間の表情とは思えぬぞ!」


「な、何っ!?」


 ディアローズの言葉は、ヴァレンティナにはあまりにも予想外の物だったのだろう。焦ったように彼女は呻き、慌てて腰のポーチから手鏡を取り出した。

 鏡に映った自身の顔は……まるで発情期の犬のようにだらしのない物だった。目は潤み、今にもヨダレが垂れそうなほど口元は緩んでいる。ヴァレンティナはショックのあまり、一瞬卒倒しかけた。重力下であれば、へたり込んでしまっていただろう。


「なぜ? 何故だ! どうして……わたしは……」


 興奮しているのか。ヴァレンティナは、そこまで言葉を紡ぐことが出来なかった。自身の股間が湿っていることに気付いてしまったからだ。もはや、自分を誤魔化すことなどできはしない。


「地球には、蛙の子は蛙ということわざがある。どうやら、変態の妹も変態だったようだな、ヴァレンティナ」


「変態だと!? このわたしが……!」


 唖然とした様子で、ヴァレンティナが呟いた。嘘だと声高に叫びたかったが、自身の身体の反応がそれを許さなかった。ニヤニヤと笑うディアローズが、輝星の首筋に舌を這わせる。彼の発した小さな悲鳴を聞いて、ヴァレンティナの肉体の芯はさらに熱くなった。


「ネトラレとか、私の方が先に好きだったのにとか、そんな風に呼ばれる性癖であろうな。要するに貴様は、自身の愛する男がほかの女に弄ばれているのを見て興奮するタイプなのだ。まったく、わらわのことを笑えぬ変態ぶりだな。エエッ?」


 寝取られ。その単語を聞いたヴァレンティナの脳裏に稲妻が走った。理性が否定する前に、感情が納得したのだ。たしかに、ディアローズに抱き着かれて赤くなっている輝星を見ていると、口惜しさと同時にどうしようもなく粘度の高い興奮が脊髄から脳へと染み出してくる。


「銃を降ろせヴァレンティナ。愛する男を別の女に犯されて喜ぶような輩に、皇帝なぞ務まるはずがないだろう」


 ディアローズの放った正論に、ヴァレンティナは固まることしかできなかった。

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