第二百九十二話 確保ー!

 脱出ポッドを捨て、皇帝が逃げ込んだのは放棄された戦艦だった。その艦は帝国の諸侯軍で運用されているグランテラ型戦艦で、極太の三連装主砲は天を仰いだまま沈黙している。今にも砲撃を始めそうな雰囲気だが、その横っ腹には巨大な破孔がいくつも空いていた。対艦ミサイルを複数被弾したのだろう。


「このタイプの戦艦なら……艦尾側に回るがよい」


 ディアローズの誘導に従い、艦の後方へ向かう"エクス=カリバーン"が接近しても、甲板に設けられた対空機関砲や高角砲はピクリとも動かない。レーザーやレーダーの照射もない。軍艦としての機能は、完全に死んでいるようだ。


「そこなゲートから格納デッキに入ることが出来る。向こうは生身だから侵入ルートは違うだろうが……どうせ目的地は同じなのだ。こちらはこちらの最短ルートを通ればよい」


「なるほど……この辺りはどこの国のフネも同じだな」


 頷きつつ、輝星は慎重に廃戦艦へ接近した。先ほどブービートラップで吹き飛ばされたばかりなのだ。この艦にも、なにか仕掛けている可能性は否定できない。

 ディアローズの言うゲートは、着艦デッキから艦内へ入るためのゲートだ。今は装甲シャッターが完全に閉鎖されているため、そのままでは侵入できない。熱量センサーで観測したところ艦の電源は完全に死んでいるようだから、電子ロックの解除も不可能だ。


「強行突破しかなさそうだな……」


 輝星は一瞬だけ逡巡してから、背中のハードポイントから抜いた対艦ガンランチャーの方向をゲートへ向けた。操縦桿のトリガーを弾くと、電磁加速された大型ミサイルがゲートに向かって飛んでいく。一発だけではない。彼はそのまま、弾倉にあるすべてのミサイルを撃ち込んだ。

 ミサイルの着弾と同時に、大爆発が起きる。しかし、流石は戦艦の装甲シャッター。一発だけでは、せいぜいシャッターが歪む程度の被害しかなかった。だが複数回連続して被弾すれば、流石に耐えられない。四発目のミサイルを受けるのと同時に、シャッターは無残なスクラップと化した。


「行こう」


 残弾ゼロになったガンランチャーを投げ捨て、輝星は機体を進ませた。予備弾倉はまだ一つ残っているが、艦内のような狭い空間では流石にガンランチャーは取り回しが悪すぎる。代わりに抜いたのは、フォトンセイバーだ。

 警戒しつつ、壊れたシャッターから艦内へと侵入する。短い通路を抜けると、すぐに格納デッキへたどり着いた。天井や足元に等間隔に配置された非電気式の非常灯が、ぼんやりとした赤い光を放っている。視界は少々悪いが、それでもデッキ内を見渡すには十分な光量だ。


「ストライカーは……あれか!」


 格納庫内はがらんとして、ほとんどの艦載機は出払っているように見える。しかし、予備機か何かだろう。隅の方に一機だけ、無傷の"ジェッタ"が佇んでいた。


「よし、今のうちに破壊してしまおう」


 輝星は頷き、左手でセイバーを構えつつ"ジェッタ"に接近した。しかし、その緑色の切っ先が"ジェッタ"に触れる一歩手前に、その真紅の機体は突如三眼式カメラを光らせ襲い掛かってきた。


「かかったな!」


 一足早く格納デッキに到着していた皇帝が、密かに機体を起動しておいたのだ。"ジェッタ"は背中のマウントからフォトンセイバーを引き抜き、"エクス=カリバーン"へとタックルを仕掛けようとした。


「かかったのはどっちだろうな!」


 しかし、気配探知に優れる輝星がそれに気づいていないはずもない。さっと横に寄り、タックルを右と二回避する。そして"ジェッタ"が通り過ぎた瞬間に、強烈なキックをその背中に見舞った。


「ぐわーっ!」


 腐っても"エクス=カリバーン"はゼニス・タイプだ。その膂力は一般量産機である"ジェッタ"とは比べ物にならない。皇帝は情けない悲鳴を上げながら、ものすごい勢いで壁に叩きつけられた。こうなればもう、あとは簡単だ。"ジェッタ"を腹部を背後からフォトンセイバーで刺し貫く。


「ご主人様!」


 しかし、ここまで往生際の悪い皇帝が、この程度のことで観念するとは思えない。ディアローズの叫びを聞くのと同時に、輝星はコックピット・ハッチを解放した。シートを蹴り、ディアローズが機外に飛び出す。

 艦内の人工重力は切れているから、転落死の心配はない。輝星はその背中に、彼女愛用の電磁鞭を投げてよこした。


「助かる!」


 振り向きもせず、ディアローズは器用に鞭をキャッチした。その眼前では案の定、コックピット・ハッチを爆砕ボルトで吹き飛ばした皇帝が、あわてて脱出を図っている。


「年貢の納め時であるぞ、母上!」


「アバババーッ!!」


 ディアローズは問答無用で飛び出してきたばかりの母親へ襲い掛かった。さしもの皇帝も、空中ではまともに迎撃できない。その無防備な肩口に、最大出力の電磁鞭が振るわれた。猛烈な放電が皇帝の身体を襲う……。


「年貢って概念、ヴルド人にもあるんだな……」


 そんな様子を"エクス=カリバーン"から眺めつつ、輝星はボソリと呟いた。

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