貞操観念が逆転した宇宙人の軍隊でエースパイロットの俺だけが唯一男な話【書籍化決定！】

第二百九十一話 往生際の悪い女

　脱出ポッドで逃走する皇帝を追い、輝星は"エクス＝カリバーン"を加速させた。ポッドは航宙機としては最小限度のサイズで、小型乗用車よりも小さい。航続距離などは極めて短いものの、とにかく小回りが利くので、一瞬でも気を抜けば見失ってしまいそうだった。

「ええい、いい加減観念すれば良いものを！」

　ディアローズは憎々しげな声を吐き捨て、そして前部座席の輝星へと視線を向ける。続けて出した言葉は、一転してひどく心配そうな声音だった。

「体は大丈夫なのか？　ヤツを追いかけるより、医官に見てもらった方がよいのでは……」

　先ほどまでは逃げるに逃げられない状況だったため皇帝との戦闘を優先したが、流石に非武装の脱出ポッドならばこちらを害するのは不可能だ。いったん退くというのも、選択肢に入ってくる。輝星はかなり長い間気絶していたため、ディアローズはひどく心配していた。

「大丈夫……ちょっと頭は痛いけど。でも、皇帝は取り逃がすわけにはいかない。ディアローズが追い詰めてくれたんだろ？」

「うむう……」

　口をへの字にして、ディアローズは唸った。輝星の声音は、普段と大して変わらない。しかし、後部座席からでは彼の顔色を確認することすらできないのだ。カラ元気という可能性も十分にある。

　しかし、輝星のいう事ももっともだ。ここまで追い詰めたのだから、皇帝は必ず捕まえておきたい。結局、ディアローズは追跡を続行することにした。

「輝星が気付いたんですか？　無事なんですね！」

　そこへ、シュレーアが口を挟んできた。"ミストルティン"は大破状態で、身動きが取れない。状況は、無線から判断するしかないのだ。

「問題ない。悪い、心配かけた……皇帝が脱出ポッドで逃走中だ。急いで捕縛する」

「……わかりました。しかし、無理はしないように！　あなたの身体のこともありますし、皇帝も油断ならない相手です。その身一つでも、何をしでかすやら……」

「わかってる」

　端的なその口ぶりに、シュレーアは一瞬黙り込んだ。本当に分かっているのだろうか、という疑問を覚えたからだ。輝星はすぐに捨て身じみた手段に出る悪癖がある。自分たちで何とか止めるほかない。

「……"ミストルティン"は完全に大破状態ですが、"コールブランド"は応急修理をすればなんとか動かせそうです。いそいで復旧して合流しますから、あまり無茶はしないように！」

「その通りだ。修理には大して時間はかからないから、くれぐれも先走ってはいけないよ、我が愛」

「はいはい」

　シュレーアとヴァレンティナ双方に重ね重ね念を押されるものだから、輝星は思わず苦笑した。

　しかし、そんなことを話している間にも、皇帝の脱出ポッドはすいすいとデブリの間を縫って進んでいく。小さいだけあって、ストライカーでは通れないようなルートにも入れるから厄介だ。

「暗礁宙域でアレと追いかけっこをするのは、なかなか難儀だな……」

「サイズから見て、あのポッドには相転移タービンは搭載されていない。FTL（超光速）航法も亜光速航法もムリだ。この星系から逃げおおせたくば、どこかで新しい足を調達する必要がある」

　操縦者が輝星に戻ったので、ディアローズにはじっくり思案するだけの余裕があった。腕組みをしつつ、遠くに見える脱出ポッドのスラスター光を目で追う。

「比較的損傷の少ない放棄艦の格納デッキを探れば、ストライカーの一機や二機は残っているはずだ。脱出を図るならば、それ以外の選択肢はない」

「逆に言えば、皇帝が新しいストライカーを手に入れる前に撃墜するなり捕縛するなりする必要があるって事か……」

　ちらりと、兵装の残弾を確認する輝星。残っている手持ちの射撃武装は対艦ガンランチャーだけだ。通常のライフルもメガブラスターライフルも、すでにデブリに紛れてどこへ言ってしまったのかわからない。

　標的としてはかなり小さい脱出ポッドだが、輝星の腕ならば弾速の遅いガンランチャーでも命中させることはできるだろう。しかし、対艦ミサイルの破壊力を考えれば、手加減などできるはずもない。撃墜すれば、皇帝は確実に死ぬ。

　むろん、状況が状況だ。最悪の事態を考えれば、不殺をあきらめるだけの割り切りも必要だった。輝星は表情を険しくしながら、操縦桿のトリガーに指をかける。

「……いや待て、早まるな。ヤツはご主人様とまともに交戦していない。こちらの気配感知に関しては、知られていないだろう。捲いたと思わせてから奇襲すれば、生きたまま捕縛することは十分に可能だ」

　ディアローズが輝星の肩を優しく叩く。彼はしばし逡巡し、トリガーから指を離した。

「見ておれ、じきに何か仕掛けてくるはずだ。いつまでもあんなポッドで逃げおおせられるとは、皇帝も思っておらぬはずだからな……」

　無言で頷いた輝星は、じっと脱出ポッドの動きを目で追った。ポッドはデブリを盾にするようにしてスイスイ進み、半壊した戦艦の影にさっと隠れた。

「追えっ！」

　スロットルを全開にして接近すると、慌てたようにポッドが飛び出してくる。

「……自動操縦だ、あれ」

　しかし、輝星の目はごまかせない。遠くへ逃げ去る脱出ポッドを一瞥した後、輝星は廃戦艦の方に視線を向けた。

「あっちに乗り移ったみたいだ」

「やはりな……」

　無人の脱出ポッドをオトリにし、稼いだ時間で新たなストライカーを調達しようというのだろう。ポッドは装甲シェルに覆われており、外からは人が乗っているのかどうかは判別できない。普通のパイロット相手ならば、かなり有効な攪乱工作だろう。

「ゆくぞ！　今度こそ、奴を捕まえるのだ！」

　輝星は頷き、"エクス＝カリバーン"を廃戦艦に向けて加速させた。