第二百八十八話 母娘対決(1)

 皇帝専用機、"ラー・グルム"は、ひどく大柄な機体だ。一般的なストライカー全高はおおむね十二メートル前後であるにもかかわらず、"ラー・グルム"は十五メートル近い巨躯を誇る。サイズとしてはごく一般的な"エクス=カリバーン"を駆るディアローズから見れば、巨人を相手にしているような威圧感がある。


「ちぃっ!」


 メガブラスターライフルの射撃を回避しつつ、ディアローズは応射をかける。大出力ビームが漆黒の宇宙を切り裂いて飛んだが、"ラー・グルム"が回避するまでもなく火箭は明後日の方向へ飛び去った。しっかりロックオンして発砲したとは思えない外れっぷりだ。


「ずいぶんと下手くそな射撃だなあ? まったく、我が胎から出て来たとは思えぬ無様さよ!」


「ぬう……っ!」


 見え透いた挑発だが、ディアローズには効果てきめんだった。顔を真っ赤にして怒鳴り返そうとしたが、ふと輝星の黒い頭が視界に入る。彼はいまだに意識を取り戻していないようで、シートにぐったりと身を預けていた。

 今、輝星を守れるのは自分だけだ。そう思うと、自然と頭に昇っていた血が降りてくる。ディアローズは深く息を吸って、ゆっくりと吐き出した。


「……ロックオン頼りの射撃に、技量が関係するはずがなかろう! 大方、射撃FCレーダーでも誤魔化しておるのだろうが……!」


 コンソールのタッチパネルを叩き、射撃関係の設定をいじる。具体的に言えば、射撃前の測距をレーダー式からレーザー式へと切り替えたのだ。射撃精度はやや下がるが、これならばそう簡単には誤魔化されない。

 そのままトリガーを引くと、今度はしっかりと狙った位置へビームが飛んでいく。やや慌てた様子で、"ラー・グルム"が身をひるがえした。


「やはりな! 汚い手を使ってくれる……皇帝がこんな卑劣なことをして、恥ずかしくはないのか!」


「貴様にだけは恥ずかしいだのなんだのは言われたくないわッ!!」


 自分の痴態を大勢に大公開することに比べれば、この程度のことの何が恥ずかしいというのか。皇帝は声を大にして主張したい気分になった。


「どっちもどっちですよね?」


「腐ってもわたしの肉親なのだから、二人とも少しは自重していただきたい! こちらが恥ずかしくなってくる!」


「なんだとぉ……!」


 外野から飛んできた罵声に皇帝が反応したのだから、もうめちゃくちゃだ。ディアローズは苦い表情で息を吐いた。

 気勢は削がれてしまったが、とにかくディアローズ一人で皇帝を倒さねばならないという状況に変化はない。飛んできたビームをデブリを盾にすることで防ぎつつ、かのじょは思案する。


「安易な白兵は避けた方が良いな。パワーは向こうの方が上だ……」


 "ラー・グルム"も伊達や見栄で大型に設計されたわけではないだろう。当然、その巨躯に見合った膂力は持ち合わせているはずだ。パワーの差をひっくり返して勝利できると考えるほど、ディアローズは自分の剣の腕に自信が持てなかった。

 ならばどうするか。一瞬だけ思案して、ディアローズは脚部にマウントされていた対艦ガンランチャーの予備弾倉を引っ張り出した。片手で持つにはやや巨大なそれを、隠れているデブリの隙間へと押し込む。


「逃げても無駄だ!」


 そこへ、"ラー・グルム"が回り込んでビームを撃ち込んできた。即座にデブリを蹴って射線から逃れた。


「ちょこまかと避けているだけではじり貧だぞ? ン?」


 毒の籠った声音で皇帝は嘲笑する。安い挑発だ。ニヤリと笑って、ディアローズは言い返してやる。


「射撃戦が苦手なら、貴様の得意・・なレンジで戦ってやろう!」


 叫ぶなり、皇帝は腰から剣を抜いた。片手剣だが、なにしろ機体が大きいのでシュレーアの使うツヴァイハンダーと遜色ないほど刀身は長い。その巨大剣を構えるなり、"ラー・グルム"はスラスターを全開にして突っ込んでくる。

 スラスターの噴射炎は、とんでもない推力を生み出していることが一目でわかるほどの異様な巨大さだ。加速は鋭く、大型機ゆえの鈍重さなど微塵も感じさせない。


「何が得意なレンジだ……!」


 呻きつつメガブラスターライフルで牽制射撃を試みるが、機体を巧みに操る皇帝はビームをひらひらと回避してしまう。もはや射撃による阻止は不可能だと悟ったディアローズは、即座にライフルを捨てて左手でフォトンセイバーを抜く。五人目のクローン兵の攻撃で、右腕は動かせない状態になっている。なんとか片腕でしのぐほかないのだ。


「ぬうううーっ!?」


 弾丸のような勢いで飛び込んできた"ラー・グルム"による大上段からの振り下ろしを、なんとかフォトンセイバーで受け止めるディアローズ。ビーム刃が一瞬目に見えてたわみ、そしてそれがもとに戻ろうとする反発力で機体が吹っ飛ばされた。円筒状のグリップがスパークしたかと思うと、小爆発をおこしてビームの発振が止まる。


「冗談ではない……!」


 このセイバーは、カワシマ・アイアンワークスの製品の中でも最もハイエンドなモデルである。四天機や皇族専用機が相手であっても、十分に渡り合えるだけの性能がある。それが一撃を受けただけで破壊されるなど、尋常ではない。

 全身の姿勢制御スラスターを吹かしてなんとか態勢を整えつつ、ディアローズは役立たずになったグリップを投げ捨て、二本目のセイバーを抜く。


「ハハハハ……! なんたる無様か!」


 哄笑をあげつつも、皇帝は再度の突撃をかけ始めた。ディアローズの額に冷や汗が浮かぶ……。

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