第二百八十七話 卑劣と言われようとも
暗礁宙域の中心部で発生した巨大な火球を見て、皇帝は会心の笑みを漏らした。
「まったく、難儀をさせてくれたものだな」
宇宙に出た後、皇帝はアクティブステルス装置を使って姿を隠し、推進剤の大半を使い果たすような強行軍をすることで、輝星たちよりずいぶんと速く暗礁宙域にたどり着いていた。そうして稼いだ時間で、あちらこちらにトラップを仕掛けたのである。
もちろん、そのままさっさとライドブースターを見つけ出し、この星系から去るという選択肢もあった。しかし、中途半端な場所で敵に捕捉されれば、逃げようがない。追手が皇国の最精鋭部隊であることは、容易に想像が出来たからだ。ならば、自分に有利な場所で追手を倒してから、悠々と離脱したほうが確実……というわけだ。
「46cm榴弾の爆発を至近距離で受けたのだ。いかなゼニスとはいえ、タダでは済まぬだろうが……」
トラップに使用したのは、暗礁宙域で調達した未使用の砲弾などの即席の資材だ。不格好ではあるが、威力は十分。どんな重装甲機が相手であれ、最低でも行動不能くらいにはなるだろう。
「とはいえ、一応確認はしておくか」
仕留めたと確信した瞬間が一番危険であることを、皇帝は心得ていた。皇帝は手に持ったメガブラスターライフルにカートリッジが装填されていることを確認してから、隠れていた巡洋艦の残骸の影から飛び出した。
「あの位置なら、起爆したのは三番だな。ならば……」
仕掛けたトラップはいくつかあるが、そのすべてが起動したわけではない。未使用のトラップに自分が引っかからないよう注意しつつ、皇帝はデブリの隙間を進んでいく。
「むっ!」
しかし、大きめの鉄塊を迂回した時だった。突如皇帝専用機"ラー・グルム"のコックピットに、ロックオン警告音が鳴り響いた。皇帝は即座に操縦桿を引き、回避機動に入る。一瞬遅れて、太い光条がデブリの表面に直撃した。
「ちぃっ! 外したか!」
「その声、ディアローズかっ!」
無線から聞こえてきた声は、耳になじんだものだった。いくら薄情な皇帝でも、実の娘の声を聴き間違えるはずもない。
「いかにもっ!「
デブリの影から飛び出してきたのは、純白のストライカー……"エクス=カリバーン"だった。頭部などはまるで別物だが、胸部装甲の形状などから、その機体が"ゼンティス"からの改造機であることは、皇帝も一目で理解できた。
今、"エクス=カリバーン"を操縦しているのはディアローズだ。輝星はといえば、コックピットの前部座席でぐったりとしている。爆発の衝撃で、気絶してしまったのだ。
「いささか想定外だが、貴様はここで仕留めさせてもらう!
「生きてます! 生きてますよっ!」
「馬鹿なことを言ってないで、真面目に戦うんだ!」
即座に、無線から罵声が飛んでくる。シュレーアもヴァレンティナも元気そうだ。とはいえ、戦闘には参加できない。二人は、トラップが起爆するのと同時に輝星を(とついでにディアローズも)かばってその身を盾にしたのだ。"エクス=カリバーン"がほぼ無傷なのも、二人の献身があってこそだった。
爆発をモロに受けた二人の機体は、ほぼ大破状態。とくにシュレーアの"ミストルティン"など、無理がたたって修理不能なほどの損傷を受けている。皇帝を倒すには、ディアローズが一人頑張るほかない。
「ふん、敵は貴様だけか? ならば問題ない。貴様など、余の劣化コピーでしかないことを教育してやろう!」
皇帝は不敵に笑い、メガブラスターライフルの砲口を"エクス=カリバーン"に向けた。戦場に出なくなって長い彼女だが、ヴルド人貴族のたしなみとして訓練は欠かしていない。指揮に特化したタイプであるディアローズに、負ける気はしなかった。
「ふん、罠に頼るような軟弱な輩が、この
連射されるビームを小刻みなスラスター噴射で回避しつつ、ディアローズは嘲りの声を返す。しかし、射撃の精度が思っていた以上に正確だったため、その頬には冷や汗が浮かんでいた。一瞬の隙が命取りだ。
「ふんっ、部下の目もない場所だ。どのような手段を取ってでも、勝てばそれで良かろう!」
ブービートラップを用いて敵を待ち伏せするような戦法は、当然ながら部下に見られるわけにはいかない。卑怯者のレッテルを張られるのは、王侯にとって致命的だ。しかし、今はそんなことを気にする必要はない。
「なんだ、てっきり
「男に鞭で打たれて悦んでいる姿を全軍に見せつけた女に言われたくはないわっ!」
思わず皇帝は叫んだ。プライドの捨て具合ならば、ディアローズの方がよほど上だろう。
「貴様はここで殺す! 余に反抗したことを、あの世で公開するが良いッ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます