第二百八十六話 罠

「……やっと尻尾を掴みましたね」


 皇帝専用機のものと思わしき噴射ガスの痕跡を発見したのは、それから十分ほど経ってからだった。比較的早期に見つけられたように見えるが、真空中では噴射ガスなどあっという間に観測不能なほどに拡散してしまう。探している方からすれば、十分が一時間に思えるほどの緊張感があった。


「ガスの拡散具合からみて、ここを何かが通過したのはそう前の話じゃないな」


 スペクトル・センサーの算出したデータを見つつ、ヴァレンティナが顎を撫でた。本来は大気組成などをチェックするための装備だが、こう言った使い方にも応用できるのだ。

 とはいえ、流石に推進剤の細かい成分を分析できるほどの能力はない。この噴射ガスがストライカーから放出されたものなのか、はたまた小型艇から出たものなのかは、流石に分からないということだ。だが、この宙域はすでに救難部隊も撤退済みであり、真新しいガスとなれば皇帝のものとみて間違いないだろう。


「……とりあえずは、追跡してみますか」


 こうしている間にも、ガスはどんどん拡散を続けている。無駄な時間を浪費している余裕はなかった。せっかく発見した痕跡だ。最大限有効活用しなくてはならない。


「十分注意して進むのだぞ。ここまでは上手くいったが、皇帝も無能な女ではない。隙を見せれば、逆襲されるやもしれぬ」


 単なる無能が並み居る姉妹たちを出し抜いて皇帝の座に収まることが出来るはずもない。これまでの快進撃は、向こうの情報不足と慢心に付け込んだからこそできたことだ。この期に及んでは油断など期待できるするだけ無駄である。むしろ、こちらが慢心すればそれに付け込まれることも十分にあり得る。


「勿論です」


 シュレーアは頷き、スロットルを少しだけ押し込んだ。緩い噴射炎の尾を曳きつつ、"ミストルティン"が加速する。輝星らも、それに続いた。

 一行は、暗礁宙域を慎重に進んでいく。噴射ガスの痕跡は、バラバラになった駆逐艦や戦艦の主砲塔と思われる巨大な鉄塊などのデブリを縫うようにして続いていた。操縦を誤れば、即座にデブリに衝突しかねない危険なルートだ。


「これは……わざわざ危ない場所を通っているように見えるな」


 浮遊する大小さまざまなデブリ群を避けつつ、輝星が呻いた。デブリの中には椅子やベッドなどの家具などはもちろん、ヘアブラシ・ペンなどの日用品まで混ざっている。大物はともかくこうした小さなモノは回避しきれないため、たびたび装甲板に衝突して耳障りな音を立てていた。

 おそらく、破壊された艦艇の中から漏れ出したものだろう。生きた・・・艦艇はエアシールドの働きにより外殻に穴が開いても内部の空気は漏れ出さないが、エンジンが停止すればその機能も失われる。


「向こうも追跡されていることは理解しているだろうからね。こちらをこうとしているのではないかな?」


「ライドブースターが欲しいだけなら、おとなしく損傷の少ない艦を探していればいいわけですからね」


 探索だけが目的ならば、デブリ濃度の高い場所を選んで進む必要はない。見晴らしのいいところでレーダーや熱源センサーを使った方が、よほど早く目当ての物を見つけられるはずだ。


「それもあるだろうが……しかし、それだけだろうか? 妙に、嫌な予感がするのだが……」


 ディアローズがそうつぶやいた時だった。"ミストルティン"の肩に、極細のワイヤーが引っかかった。その瞬間、付近を漂っていた駆逐艦の残骸が大爆発を起こす。バラバラになった装甲の破片が、散弾のようにこちらへ降り注いでくる。


「うわっ!?」


 悲鳴を上げつつも、シュレーアの行動は迅速だった。後ろにいた"エクス=カリバーン"に抱き着き、輝星の盾となる。"ミストルティン"の背中に、いくつもの装甲片が衝突した。スラスターの一部が破損し、気化した推進剤が噴出する。


「大丈夫?」


 触れ合った装甲を通じて聞こえてくる破滅的な金属音に、輝星は慌てた声を上げた。破片のスピードは下手な弾丸よりも速い。ストライカーとはいえ、直撃を受ければタダではすまないだろう。


「"ミストルティン"は伊達ではありません!」


  ドヤ顔になっていることがはっきりとわかるシュレーアの声音に、輝星は胸を撫でおろした。しかし、輝星らを囲む大型のデブリのあちこちでさらなる爆発が起こっている。このままでは滅多打ちだ。


「あそこへ逃げ込もう!」


 防御姿勢を取ったヴァレンティナヴァレンティナが指さすのは、戦艦から剥離したものと思わしき大型の装甲板だった。ストライカー三機が身を隠すには、十分な大きさである。


「ちょうど良い所に……!」


 戦艦の装甲ならば、少々の攻撃ではびくともしない。身を隠すにはぴったりだろう、輝星を抱え込んだまま、シュレーアは生き残ったスラスターを吹かして装甲板へと向かった。ヴァレンティナも、後方を警戒しつつそれに続く。


「お、おい! 止めぬか! 迂闊なことをすれば……」


 はっとなったディアローズが警告の声を上げたが、もう遅い。輝星らが装甲板の裏手に回り込んだ瞬間、そこに仕掛けられていた爆弾が爆発した。戦艦の主砲弾を改造した、即席爆弾だ。辺り一面を、真紅の爆炎が覆う……

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