第二百八十三話 逃亡する皇帝

 狙撃を受けて、皇帝の乗るライドブースターは爆発四散した。黒金のゼニスは爆風の直撃を受けるが、重装甲の皇帝専用機はそんなことではダメージを受けない。フラフラとしつつも、自前のスラスターを焚いて上昇を開始する。


「画竜点睛を欠いたな、リレン!」


 ライドブースターは破壊したとはいえ、ストライカーには単独で大気圏を突破できるだけのスペックがある。カタパルトによる加速もあるから、ここから追いつくのはそう簡単ではない。


「手柄を譲っただけ。わざと」


 対するリレンは、ふんすと鼻息荒く答えた。気象状況や視界は最悪だが、それで狙いを外すリレンではないのだ。歩行要塞モビルフォート・"ヴァライザー"での狙撃失敗の件もある。二回も標的を外すような情けない真似は彼女の矜持が許さない。


「またまた援護に来てやったデスよっ!」


 そこへ、ノラの叫びが聞こえてきた。リレンが到着したのだから、ほかの四天も当然いる。解放された装甲ドームの真上から急降下してきた"ザラーヴァ"が、輝星を狙っていた"ガイスト・イェーガー"にブラスターマグナムの連射をお見舞いした。


「敵増援確認。迎撃プランを変更……」


「おおっと、ノラちゃんだけにいい格好はさせませんことよ!」


 "イェーガー"を援護しようと大型ブラスター砲を構える"アルテレリー"に、連装ガトリングガンの弾幕が襲い掛かる。さらに、遅れて突入してきた"ヴァーンウルフ"と"ダインスレイフ"が残る"フェヒター"へとほぼ同時に斬りかかった。さしものクローン兵も、これにはたじろいだようで急いで後退する。


「我が主、ここは拙者たちにお任せあれ!」


「クローン兵とやらも、流石にこれで打ち止めだろっ! 今ならば皇帝の生け捕りだってできるはずだ!」


「なるほど……確かにここで皇帝を殺してしまっては、この戦争の責任を取らせることができなくなりますね」


 シュレーアが大きく頷く。旧四天たちの機体はボロボロだが、戦意は非常に高い。それに、皇国トップエースたるサキは無傷だ。五対三なら、十分勝機はあるだろう。

 新四天(五機目が現れた以上、もはや"四"天ではないが)は新手の対応に精一杯であり、こちらに攻撃を仕掛けてくる余裕はない。皇帝を追跡するのならば、今がチャンスに違いない。シュレーアはマスドライバーを指さした。


「ここは、彼女らに任せましょう。我々は皇帝を!」


 一瞬、輝星は逡巡した。シュレーアらはともかく、自分は残ってこの強敵たちに対処するべきではないかと考えたのだ。しかし、シュレーアは連戦に次ぐ連戦で随分と消耗している。皇帝の実力もいまだ未知数である以上、撃退されてしまう可能性も十分にある。ここは、皇帝の捕縛を優先するべきだろう。


「……行こう!」


わらわも同感だ。奴は腐っても我が母であるからな……連中に丸投げというのは、流石に嫌だ」


 ディアローズも、何やら思うところがあるようだった。輝星は静かに頷き、マスドライバーの元へと飛ぶ。マルチ規格のシャトルに機体を納めると、左右から伸びてきたアームが両肩をガッチリ固定した。シュレーアとヴァレンティナも、それに続く。


「ここは私と輝星で十分ですよ。あなたはテルシスさんたちを援護してあげてください」


 即座にシュレーアが嫌味を飛ばす。現状では協力関係にあるヴァレンティナだが、皇帝さえ無力化してしまえば彼女の目的は達成したも同然だ。そうなれば、シュレーアとヴァレンティナは輝星を巡るライバル関係に戻ってしまう。

 万一、彼女が輝星を強引に拉致しようとしたり、あるいは皇帝と輝星の身柄を交換しようなどと言い出した場合、自分だけで対処できるのだろうか。シュレーアは、眉間に皺を寄せながら自問自答した。戦場は混乱しており、味方の援護は期待できないのだ。


「そうはいかない。わたしに従ってくれている部下だっているわけだからね。きちんとこの手で皇帝を超えたということを、しっかり見せてやる必要があるんだ」


 しかし、シュレーアのそんな内心などお見通しとばかりの澄ました声で、ヴァレンティナはそう言い切った。彼女の方にも、思惑があるのだ。ここで老いていかれるわけにはいかなかった。


「皇国軍と反ら……反皇帝軍の総大将が、手を携えて皇帝を討伐する。まったく、歌劇のように見栄えの良い展開じゃあないか。キミ一人の手柄にしたいのは分かるが、両軍の関係を思えば共同戦果としておいたほうが都合が良いんじゃないかな?」


「……」


 そう言われると弱い。シュレーアは口をへの字にして黙り込んだ。


「何でもよいが……早く射出してもらわねば、皇帝に置いて行かれるぞ?」


 不安そうな目で、ディアローズは周囲を見まわした。今のところ、クローン兵はなんとかテルシスたちが抑えている。しかし、シャトルに固定されていては攻撃の回避もままならないのだ。流れ弾でも飛んで来たら、大変なことになる。


「……そうですね、行きましょう」


 結局、シュレーアは静かに頷いた。コンソールのタッチパネルを指でつつき、マスドライバーのコントロール・システムにアクセスする。


「各種チェック、全省略……コンデンサー・チャージ完了。行きますよっ!」


 『射出』と書かれた赤いアイコンをタッチすると、シャトルが弾丸のようにはじき出された。レールの上を猛烈な勢いで加速し、上空を目指す。艦艇のストライカー用カタパルトなどとは比べ物にならないすさまじい加速Gに襲われた輝星は、きゅうと小さな声を上げた。

 レールの終点へと達したシャトルは、固定を解除し三機のストライカーを空中へと打ち出す。そのままスラスターに点火すると、輝星は歯を食いしばりながら操縦桿をぐっと引いた。


「雲に突っ込むぞ……!」


 対地高度計の数値が、ぐんぐんと増えていく。"エクス=カリバーン"はあっという間に、上空を覆う真っ黒い雲へと突入した。雲と言っても、隕石の衝突によって巻き上げられたドライアイスや地殻の粉塵の塊である。微細な破片が装甲にぶつかり、ひどく耳障りな音を立てる。

 雲の中は、一メートル先すら見通せない視界ゼロの空間である。粉塵同士がこすれ合い、破滅的な放電現象が発生している。巨大な稲妻が"エクス=カリバーン"にぶつかり、耳をつんざくような大音響を奏でた。


「ひゃあ!」


 驚きのあまり、ディアローズが子供のような悲鳴を上げる。輝星は無言でサブモニターに機体ステータスを表示させた。だが、発生している不具合は新手のクローン兵にやられた右腕だけだ。他の部分に異常はない。


「流石は機付長の整備だ、何ともない……!」


 輝星がニヤリと笑う。そうこうしているうちに、雲の層を抜けた。惑星ガレアeの大気はひどく薄いため、すでに宇宙空間と言っていい高度まで達している。皇帝追跡は、ここからが本番だ。

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