第二百八十四話 追跡

 皇帝を追ってカタパルト射出された輝星らは、雷雲を突破し惑星ガレアeの極低高度周回軌道に入った。当たり前だが、周囲に皇帝の乗機らしき機影はない。すでにどこかへ逃げ去っているのだ。

 衛星軌道と言っても大気の薄いガレアeだから、その高度は極めて低い。手を伸ばせば届いてしまいそうに錯覚するほど、地表が近く見えた。宇宙に慣れない者がここにいれば、そのまま地上へ落ちてしまわないか不安になっていたことだろう。


「この高度では、まだ電波嵐がひどくてレーダーは使えませんね……」


 サブモニターに表示されたレーダー・スコープを睨みつつ、シュレーアが小さなため息を吐いた。画面はノイズまみれで、これではとてもではないが皇帝専用機の反応を探すことなどできはしない。


「とはいえ、電波嵐の影響を受けない高度までノンビリ上昇している暇はなさそうだね。亜光速航行が可能な地点まで逃げ去られれば、わずか三機で追跡を続けるのはかなり難しいだろう」


 恒星間を移動するためのFTL超光速航行は星系外縁部でなくては行えないが、高質量体からある程度離れれば亜光速航行は使用可能になる。できれば、亜光速航行に入る前に捕捉しておきたいところだった。


「とりあえず、皇帝の向かう先を予想するべきだな。こっちもしらみ潰しの捜索ができる数じゃない。時間も限られているとなれば、どこかにヤマを張るしかないでしょ」


 輝星は中天を睨みつけつつ、呟いた。ガレア星系は銀河の中心部に近い位置にあるから、地球の夜空よりも随分と星の密度が高い。つまりは、逃亡先が多いということだ。星系外までの逃走を許せば、もはや皇帝を捕まえるのは不可能になるだろう。


「現在我々は、惑星ガレアeの極軌道を周回しています。このルートで撤退するのならば、ある程度追跡は可能でしょうが……」


 当初の予定では、ここからそのまま追跡する予定だった。目視ができない程度には離れているとはいえ、同じような軌道に乗っているのだから居場所の予想は容易に行うことが出来る。


「リレンがライドブースターを撃ち落としたせい……もとい、おかげで皇帝の予定は完全に狂っているはずだ。そのままのルートで逃走を続けるとは思えぬな」


 操縦桿の頭を指で撫でつつ、ディアローズが思案する。ライドブースターがなければ、本国まで直接帰還するのは不可能だ。必ず、どこかで代わりの足を調達しようとするはずだが……しかし、ライドブースターは一般的なストライカー用補助兵器ではあるが、流石にどこにでも転がっているわけではない。


「ヤツの選択肢は二つ。どこかからライドブースターを盗むか、あるいはFTL超光速航行可能な船舶に乗せてもらうか、だ」


「後者を選択されると厄介だな。怪しげなフネをすべて臨検するなんて、とてもできないぞ」


「いや、そうでもない……この辺りの宙域で戦闘がある、というのは周囲の星系には知れ渡っているわけだからな。近くに民間船舶など、一隻たりともおらぬはずだ。ならば、頼れるのは帝国軍の艦艇のみ。しかし……」


「すでに、宇宙に居る帝国軍は降伏済みだからね。戦闘を継続する気概の残っている部隊は、みな地上へ降下したわけだし」


 輝星の言葉に、ディアローズは深く頷いた。


「皇帝はほんのさっき部下に反乱されたばかりだからな。早々に降伏した諸侯なぞ、信用できぬであろう。ヤツの猜疑心の強さは、尋常なものではないからな」


 何か言いたげな目つきで、ディアローズはため息を吐く。


「ならば、取れる選択肢は実質的に一つ。そして、このあたりで確実にライドブースターを手に入れられる場所と言えば……」


「そんな場所、あります? 今の・・ガレア星系に、宇宙基地はありませんよ」


 唯一の宇宙基地があった天体は、ガレアeの地表に激突してしまったのだ。シュレーアは眉間に皺を寄せつつ、ムムムと唸った。


「あるであろう? ストライカーを運用する艦ならば、ライドブースターの一つや二つは必ず搭載しているものだ」


「……沈没船ですかっ!?」


「その通り!」


 撃沈されれば水底に沈んでしまう海戦と違い、宇宙では使用不能と判断されて放棄された艦は延々と同じ場所を(衛星軌道なので正確に言えば星の周りをぐるぐる回っているわけだが)漂い続けることになる。残った有用な物資を回収することは、大して難しいミッションではない。


「なるほど。我々の艦隊とアンヘル艦隊との戦闘では少なからず撃沈された艦が出ている。そこを狙えばいいわけか」


 ヴァレンティナがぽんと手を打った。投降したアンヘル艦隊は、地上の戦闘に介入できないようやや離れた宙域へ誘導されている。戦闘のあった宙域には、もうあまり人は残っていないはずだ。泥棒をするにはぴったりの状況と言える。


「うむっ、そういう事だ。……あの宙域は、赤道に近い軌道だがな。わざわざ極軌道に入ったというのに、骨折り損のなんとやらだな」


 肩をすくめるディアローズ。極軌道から赤道上空の軌道へ遷移するためには、九十度もの角度修正を行う必要がある。


「とにかく、そうと決まれば話は早い。さっそく向かうとしましょうか」


 コンピューターがはじき出した軌道修正の計算を確認しつつ、シュレーアはそう言い切った。


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