第二百八十二話 凶星VS新四天(3)
「俺を撃て!」
その不思議な言葉に、シュレーアが疑問を挟むことはなかった。片足のアンカーを作動させて機体を急ターンさせ、肩部ブラスターカノンの砲口を"エクス=カリバーン"へ向ける。
甲高い発砲音とともに、亜光速の光の矢が飛ぶ。自分の方へ飛んできたソレを、輝星は居合めいて振りぬいたフォトンセイバーで弾き飛ばした。斥力とビームが反発しあい、機体に重い衝撃が走る。本来とはまったくことなる軌道を取ることになった大出力ビームは、ちょうど"エクス=カリバーン"へ攻撃を仕掛けようとしていた"ガイスト・ケンプファー"へと向かった。
「ッ!?」
さしものクローン兵も、これは予想外に過ぎる攻撃だった。回避すらままならず、ビームは"ケンプファー"の腰へ直撃する。パワーとスピードこそ異常な"ガイスト・シリーズ"も、装甲性能はさして高くはない。"ケンプファー"の下半身は一瞬で爆発四散した。
そのまま路面に叩きつけられた"ケンプファー"の上半身から、半壊したドラム缶型のパーツがコロコロと転がり出る。相転移タービン……ストライカーのメインエンジンだ。こうなれば、もう完全に無力化できたと見ていい。
「しめたっ! ご主人様、押し込むのだ!」
「当然!」
輝星は頷き、スロットルを押し込む。厄介な近接機は墜とした。連携が崩れた隙に、さらに戦果を拡大したいところだ。
「"ガイスト・ケンプファー"を撃墜と判定。パイロット・フィーアの生死は不明。戦術を修正する」
しかし、僚機を墜とされたというのに"ガイスト・イェーガー"の動きに動揺は見られない。平静そのものの動きでオルガン砲の砲口を輝星に向け、破滅的な弾幕を展開する。
「可愛げのない連中だ!」
舌打ち混じりに、ディアローズがぼやく。クローン兵たちは感情を制御されているのだ。動揺を誘うのは、難しいようだった。
それでも、輝星は小刻みなターンで弾幕を回避する。流れ弾がマスドライバーに命中し、猛烈な火花を上げた。これでレールにダメージが入ったのではないかとディアローズが期待の目を向けたが、残念ながら塗装が剥げた以外の変化は見られない。
「破壊するには、せめてあの大口径ブラスター砲を撃ち込ませるしかないか……」
じっくり集中砲火するならともかく、一撃の威力で破壊するには"ガイスト・アルテレリー"クラスの火力が必要なようだ。なんとか攻撃を誘えないものかと、ディアローズは"アルテレリー"の機影を探して視線をさ迷わせる。
「ご主人様!」
そこで彼女が目にしたのは、砲口に真紅の光を灯した"ガイスト・アルテレリー"の姿だった。ディアローズの警告の叫びが耳朶を叩くより一瞬早く、輝星の腕が操縦桿を荒々しく引く。一瞬遅れて、先ほどまで"エクス=カリバーン"がいた空間を超大出力ビームの奔流が通過した。飛散粒子が純白の装甲をあぶり、弾けるような耳障りな音を立てる。
いやらしい事に、その射線はマスドライバーからぎりぎり外れたものだった。向こうも、流石に気を使って照準しているらしい。クローン兵の鋼じみた平常心のことを考えれば、動揺させて誤射を誘う作戦も通用しないだろう。つくづく、厄介な敵だった。
「順当に一機ずつ片付けるしかない……ってコトだな!」
続いて襲い掛かってきたオルガン砲の弾幕を回避しつつ、輝星が叫んだその時だった。突然、重苦しい音を立てて装甲ドームがスライドし始めた。ほこりやドライアイスの砂礫が、真上からバラバラと降り注ぐ。
「ムッ! いかん、射出準備が完了したのか!?」
装甲ドームを解放する理由など、一つしか考えられない。皇帝が脱出する用意が出来たのだ。射出場内に皇帝の姿がない以上、皇帝はゲートから入ってくるはずだ。そう思ったディアローズが視線をゲートの方へ向けた瞬間のことである。
「……ッ!? まずっ……」
輝星が呻くと同時に、突如"エクス=カリバーン"の背後に新たなストライカーが出現した。白黒とそうで副腕付きの、一目で"ガイスト・シリーズ"とわかる機体である。光学迷彩を用い、密かに潜伏していたのだ。新手の"ガイスト・シリーズ"は、"エクス=カリバーン"の背中にナイフを突き立てようとする。
輝星はなんとか身じろぎでそれを避けようとしたが、ギリギリ間に合わず銀色の刃は右の肩の付け根へと突き刺さった。断線した電気コードがスパークをあげ、装甲の隙間から作動油が返り血めいて噴き出す。
「や、りやがる……!」
輝星は即座に、真後ろの新"ガイスト"の胸を蹴とばし、距離を取った。振り返りもしないまま、宙返りしつつ対艦ガンランチャーを発砲する。キックを喰らって動けない新"ガイスト"は、それを避け切れない。腹にミサイルの直撃を喰らい、白黒のゼニスと"ケンプファー"同様の運命をたどった。上半身と下半身が別々に、明後日の方向へと吹っ飛んでいく。
奇襲による損害は、せいぜい右腕が動かなくなった程度。新"ガイスト"は撃墜確実だから、戦果としては悪くない。だが、その一連の攻防によって発生した隙は致命的だった。
「輝星! 皇帝が!」
ゲートから、ライドブースターに跨った黒金のゼニスが飛び込んでくる。シュレーアが警告の声をあげるが、射出場内にそれに対応できるだけの余裕のあるものはいない。黒金のゼニスは誰にも邪魔されずにライドブースターをマスドライバーのシャトルに装着する。
「くはははは! 最後の最後で余の勝ちだ!」
無線から聞こえてきたのは、皇帝の声だった。そのまま黒金のゼニスは、猛烈な勢いで上空に撃ちだされる。大気圏突破用カタパルトの加速は尋常ではなく、とてもではないが追撃は間に合わない。
「ぐ、ぐ、ぬううううっ!! 奴め、やりおった!!」
憤怒の声を上げるディアローズだが、輝星にしろシュレーアにしろヴァレンティナにしろ、クローン兵たちの相手をするのが精いっぱいで皇帝の方へ視線を向ける余裕すらない。
ディアローズだけが一人、憎しみの籠った目つきで空へと消えていく皇帝専用機の背中を睨みつけていた。……が、その時である。突如地上から発射された赤いビームが、皇帝の乗るライドブースターを貫いた。
「ぬわああああっ!」
ライドブースターは即座に爆散。無線からは、皇帝の情けない声が聞こえてきた。
「ふっ……最後の最後に笑うのは、このわたし」
「……リレンかっ!?」
そう、輝星らの窮地を救ったのは、旧"天眼"……リレン・スレインの狙撃だった。
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