第二百七十九話 迎撃の新四天

 なにはともあれ、早急に皇帝を確保する必要がある。テルシスらに救援要請を出した後、一行は補給基地内部へ突入した。


「ふーむ……」


 周囲を見まわしながら、輝星が唸る。今彼がいるのは、物資搬入用の連絡通路だ。大型コンテナ車両が通行することを前提に設計された通路はとても広く、身長十二メートルの鉄巨人が歩き回るのにも十分な余裕がある。

 強化コンクリートののっぺりとした壁面がどこまでも続く光景は、背筋が寒くなるほど無味乾燥としている。天井の白色灯の明かりは弱々しく、いやおうなしに不安を掻き立てた。曲がり角で突然敵が現れてもおかしくないような空気がある。


「我が愛、敵の位置はつかめるかな?」


「ううーん、なんか気配が希薄で……普段のように上手くはいかないな。ちょっと不味いかも」


「……これは少々予想外だな。思った以上に、クローン兵が厄介だ」


 顎に手を当て、ヴァレンティナが唸る。普通の兵隊ならば、輝星の気配探知で容易に居場所を掴むことが出来る。だからこそ、レーダーの代わりとしてアテにしていたのだが……。


「クローン兵はともかく、皇帝の方を察知できませんか??」


 シュレーアが口を挟んだ。実際、クローン兵などしょせんは護衛に過ぎない。皇帝の居場所さえわかればよいのだ。


「穴倉の中だからなあ、ううーん」


 額に指を当て、輝星は唸る。気配を探知できると言っても、それはかなりあいまいでアナログな感覚だ。決して詳細な数値がわかる訳ではない。冷や汗をにじませながら「むむむ」と唸り続ける輝星に、ディアローズは思わず苦笑した。


「ま、連中の目的はわかりきっておるのだ。わざわざ基地内を探し回るのも非効率的よな。ここは、待ち伏せを狙うのも一手と思うが」


「えっ……あっ、そ、そうですね!」


 裏返りかけたシュレーアの声に、ディアローズはあきれた様子で"ミストルティン"を睨みつけた。大柄で藍色の塗装が特徴的なその機体は、どこか恥じたように視線をよそに向けている。兵器とは思えない、人間臭いポーズだった。


「……要するに、マスドライバーの射出場だな。連中はほとんどこれが目当てでこの基地にやってきたようなものなのだ。最悪、マスドライバー自体を破壊してしまえばよいのだ」


「は、破壊ですか……」


 マスドライバー施設の建造・修理コストは決して低くない。ただでさえ戦争で皇国の家計は火の車状態なのだから、これ以上の出費は避けたいところだった。しかし、今回ばかりは多少ばかりのコストを惜しんで皇帝を取り逃がすわけにはいかない。


「なーに、安心せよ。小型マスドライバーの再建費用など、そこな自称次期皇帝が出してくれるであろう?」


「んんッ!」


 突然話を振られたヴァレンティナが驚くほど渋い表情を浮かべた。無論、彼女とて末端とはいえ大国の帝室に連なる者だ。カネがないわけではない。とはいえ、気軽にポケットマネーからぽんぽんと出せる額でもないのは確かだ。


「か、構わないとも。……帝位を奪いさえすれば、その程度のはした金・・・・などいくらでも出せるからね」


「うむ、うむ。流石は我が妹だ。やはり王者とはそうでなくてはなぁ?」


「姉う……ディアローズは黙っていてもらいたい!」


 無言でにやにやと笑うディアローズに、輝星は小さく笑顔を漏らした。


「なにはともあれ、早くマスドライバー射出場へ向かいましょう。向こうがいつ頃ここに到着したかわかりませんからね。最悪、すでに射出準備が終わっている可能性もある……」


 弛緩した空気を取り繕うように、ディアローズはあえて緊迫した声で言った。当然、三人はそろって肯定の声を上げる。


「マスドライバー射出場は、この通路をまっすぐ行った先にあります」


 この基地は、さして大規模な施設ではない。シュレーアの指示に従って通路を抜けると、すぐに大きなゲートにたどり着いた。すぐさま、ゲートの制御端末にシュレーアが取り付く。


「……待ち伏せされてるかも」


 輝星が小首をかしげながら注意した。やはり、クローン兵たちの気配は感じづらい。扉の向こうに敵がいるのはなんとなくわかるのだが、数までは察知できないのだ。普通の兵士が相手ならば、もっと詳細に分かるのだが……。


「ふむ……先回りされていたわけですか。輝星さん、少し下がっていてください」


  輝星が頷いて数歩退くと、シュレーアは制御端末のボタンを押す。鈍い音を立てながら、装甲シャッターが持ち上がった。


「……っ!」


 案の定、低出力ブラスター弾が先頭に居た"ミストルティン"に降り注いだ。シュレーアは慌てて肩部シールドを構え、後退する。


「シュレーアっ!」


 ヴァレンティナの警告が飛んだ。巨大な剣を担いだ白黒のゼニスが、猛烈なスピードで突っ込んできたのだ。テルシスらとも交戦した、"ガイスト・フェヒター"だ。


「ちいっ!」


 後退は間に合わない。シュレーアは即座に、肩部シールドから飛び出したツヴァイハンダーのグリップを握る。しかし電磁抜刀機構を作動させるより早く、彼女の後ろから放たれた対艦ミサイルが"ガイスト・フェヒター"を迎え撃つ。

 装甲強度が自慢の帝国製ゼニスとはいえ、流石に対艦ミサイルの直撃に耐えることは不可能だ。たまらず、"ガイスト・フェヒター"は右足のアンカーを作動させて急ターンする。


「そこっ!」


 この隙を逃すシュレーアではない。彼女は肩部シールドを構えたまま、スラスターを全開にした。大柄な機体が弾かれたように加速し、体制の崩れた"ガイスト・フェヒター"へとタックルをかます。


「ぐうっ!」


 さすがの超高性能ゼニスもこれにはたまらず、後方へ弾き飛ばされた。そのままの勢いで、シュレーアたちもマスドライバー射出場へとなだれ込む。

 装甲ドームで外界と隔たれたマスドライバー射出場は、ストライカーが暴れまわるにも十分な広さがある。そこにはジェットコースターのレールのようなマスドライバーと、そして四機の白黒ゼニスがあった。


「新四天勢ぞろいってところかな。これはハードな戦いになりそうだ……!」


 シュレーアに一瞬遅れて射出状に入ったヴァレンティナは、表情を軽く引きつらせてそうつぶやいた。

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